穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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「真情春雨衣」都都逸撰集 ―発禁指定の江戸艶本より―

 

 ここに『未刊珍本集成 第四輯』なる本がある。

 

 

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 昭和九年印刷。その名の通り、発禁を喰らい世に出ることを許されなかった書籍を集めた本である。


 はて、ならばこの本とても発禁を喰らって然るべきではないかと当然の疑問が持ち上がるが、何のことはない、奥付を見ればちゃんと「非売品」の三文字が。


 うまく規制の合間を潜り抜けたということだろう。

 

 

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 内容は、『真情春雨衣』『通俗諸分床軍談』『女非人綴錦』の三作。


 いずれも江戸時代の艶本だ。


 ざっと目を通した感じ、検閲に引っかかったといっても、悪徳の栄えに比べればその千分の一ほどの過激さもない。
 この程度の表現でも発禁になるのか、なんと堅苦しい社会だと、むしろ憫笑したくなる。


 当時検閲の任に当たっていた人々に、コミケ三日目の有様とそこで売られている本の数々を見せてやりたい。あまりのことに卒倒し、或いはそのまま涅槃の人となるだろうから。


 逆に言えば、現代社会がそれだけ性的方面に於いて糜爛しきっているとも取れる。

 

 

20030727 27 July 2003 Tokyo International Exhibition Center Big Sight Odaiba Tokyo Japan

 (Wikipediaより、東京国際展示場

 


 まあ、それはいい。


 本書に於いて特に面白いと思ったのは、『真情春雨衣』。なんとこの作品、各章のタイトルが都都逸仕立てになっているのだ。
 秀逸な句も多いので、いちいち列挙してみたい。

 

 

第一編


ままよ三度笠よこたにかむり
旅は道連れ世はなさけ


潮来いたこ出島の真菰まこものなかで
あやめ咲くとはしほらしい


粋なお前に謎かけられて
解かざなるまい繻子の帯


さんさ時雨か茅屋の雨か
音もせずして濡かかる


遠ざかるほど逢ひたいものを
日々にうとしとがいふた


夢でなりとも逢ひたいものよ
夢ぢゃ浮名は立ちはせぬ

第二編


逢ふた初手から身に染々しみじみ
こらへ情なくなつかしい


桃と桜を両手に持って
どれが実になる花だやら


お顔見ながら物さへ云はず
はたの人目が吉野川


思ふお方と夏吹く風は
さっと入れたやわが閨へ

十一
あかぬ別れを鳴くとりよりも
待つ夜の鐘の音なほつらい

十二
はやく出雲へ飛脚を立てて
結び戻してもらひたい
 
第三編

十三
旅が憂いとは誰が云ひそめた
心まかせの草まくら

十四
早くお前に似た児を産んで
川といふ字に寝て見たい

十五
惚れた手前たちゃ不憫だけれど
さうは躰がつづかない

十五
花も紅葉も散っての後に
松のみさほがよく知れる

十六
年はとっても一口飲めば
兎に角水性うはきがやみかねる

十八
目出度めでた々々々の若松さまは
枝もさかへて葉もしげる

 


 どうであろう、なんとなく話の流れというか展開が、透けて見えるのではなかろうか。


『真情春雨衣』の作者は吾妻雄兎子と名乗る、謎の人物ではあるが、第三編の序文を為永春水が寄せていること、及び文章の調子、内容結構の具合から、『未刊珍本集成』の編纂者たる蘇武緑郎氏は


為永春水もしくは春水一派の戯作なることは一点の疑ひがない」


 と力強く断定している。


 確かに本書は、たとえば登場人物の台詞に着目しても、七五調で織られたものがやたらと多く、なにやら歌舞伎の台本でも読んでいるような気分になる。


 折角なので、同じく七五調から織り成された上方唄二首をも抜粋しておく。

 

 

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 浮草は、うきくさは、思案の外の誘ふ水、恋か浮世か、浮世か恋か、一寸ききたい松の風、問へど答へず山杜鵑やまほととぎす、月夜はもののやるせなき、癪に嬉しき男の力、ぢっと手に手をなんにも言はず、二人してつる蚊帳の紐。

 


 作中では鍵屋玉次郎という、所謂いいところの次男坊が「鈴虫よりも美しき声」で上記の唄を歌っている。

 


 二人が恋の忍び駒、人の心と、水調子。流れの末はどうなると、思へば心細棹の、一世はおろか二世かけて、切れはせぬぞえ三つの糸。四つ乳の皮のはげやすい、心もかうして胴掛の、しっくりはまる糸巻に、また繰り返す、上方唄、うたひてこそは居たりけれ。

 

 

江戸うつし 春色梅児誉美(しゅんしょくうめごよみ)

江戸うつし 春色梅児誉美(しゅんしょくうめごよみ)

 

 

 

 


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