穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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夢路紀行抄 ―地下に轟く稲光―


 夢を見た。


 雷の鳴る夢である。


 私は階段を下りていた。


 幅は狭い。おちおち両手を広げることも叶わない。


 手すりもなく、バリアフリーなど思いもよらぬ旧態然とした造り。照明は薄く緑がかって、左右の壁にビッシリ描かれた落書きを、文字とも模様ともつかぬそれらを、いよいよ不気味に浮き上がらせる。


「雑然」とは、ああした場所を示すべく存在する言葉であろう。

 

 

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 下りきったところ、突き当りにラーメン屋がある。


 そこが目的地であった。


 ところがいざ暖簾が見えるやどうだろう。


 禿げた額をタオルで覆った店長が、その本来の居城たる厨房から脱け出して、腕組み門前に突っ立っている。


 一応腕時計を確認したが、間違いない、営業時間であるはずだ。


 とすれば、なにか問題でも起きたのか。


 眉間の皴と真一文字に引き結ばれた口元が、事態の如何に苦々しいかを物語る。


 訊いてみれば、案の定だ。


 床板が天井まで跳ね上がったと思いきや、大ムカデの大群がそこからうじゃうじゃ湧き出して、またたく間に店内を占領しきってしまったという。


 忌々しさに心臓が茹だりそうだった。


 ええい不届きな害虫め、大人しく岩の下にて蠢いて居ればいいものを、何を血迷って人間様の建造物を横領しよるか、斯くなる上は族滅ぞ、一匹残らず討ち平らげてくれようず――と。


 耳から煙を噴かぬのがむしろ不思議であるほどに、勇みに勇んで取り出したるは、豈図らんや竜狩りの剣槍


ダークソウル3終盤の強敵・「無名の王」の撃破によって作成可能な武器である。

 

 

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『エルデンリング』のプレイ動画はまったく目に毒だった。


 見ればこうなると分かっていながら好奇心を抑えかね、ついつい視聴した結果。アレが手元に届くまで、まだ三ヶ月弱も待たねばならぬ現実にのたうち回る毎日だ。

 

 灼けつくような歯痒さの中、


 ――だから言わんこっちゃない。


 と、幾度自分を嘲笑ったか。


 この苦しみを緩和する一策として、近頃フロムの過去作をリプレイしている。


 おそらくはその習慣が、夢に反映されたのだろう。太陽の雷をたっぷり纏わせ、縦横無尽に剣槍をふるい、ムカデを退治る快感は、到底言葉に為し得ない。

 

 

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 ここまで書いて、マルキ・ド・サドのとある言葉がふいに脳裏をかすめていった。

 

「幸福は人間の信じている原理のエネルギーによるもので、たえずふらふら迷っているような奴には無縁のものだろうよ」。――『続・悪徳の栄えに記載されたこの一節が。


 考えてみれば、これほどまでに待ち焦がれる対象を、この歳になっても持てるというのは、それ自体が既にひとつの幸福であるのやもしれぬ。

 

 

 

 

 

 

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