つい先日のことである。
どんな施設か問われれば、
場所はいい。
不忍池のほとりに位置する。
まず景勝の地と呼んで差し支えはないだろう。
蓮は順調に立ち枯れて、これはこれで味わいのある、寂びた情緒を漂わせていた。
風に吹かれてカラカラと、乾いた音が鳴っている。
三百円払って中に入った。
井戸に据え付けられた手押しポンプ。
これとそっくりな物体を、少年時代に
今では流石に消えている。以前の帰省で確かめた。赤字に白で「たばこ」と書かれたホーロー看板もまた然り。
(在りし日の情景)
いつまでも変わらぬと思いきや。甲斐の田舎も、少しずつ変化しているらしい。
商家や駄菓子屋のたたずまいに溜め息をつきつつ奥へと進む。
見切れているが、上の柱時計はなお現役で、正確に時を打っていた。
先の駄菓子屋を裏から望む。
背中を丸めた婆さんが、いまにも座布団上に湧いて出そうだ。
何処の国でも婆さんは同じやうな婆さんである。婆さんはユニヴァーサルに国境を超越した存在だと思ふ。婆さんに人種はないのである。(吉村冬彦著『蒸発皿』49頁)
昔の玩具の展示もあった。
左の二枚の紙メンコを目の当たりにして、私の脳裏に唐突に、小学生の頃の記憶が溢れ出た。思い出したのだ、牛乳瓶の紙の蓋、やはり円形をしたあの物体を、必死こいて蒐集していた自分自身を。
私だけではない、当時はクラスメイトの大半が同じ趣味を持っていた。集めたところでメンコのように遊びに使えるわけでもないのに、何故あんなにも熱中したのか。我ながら意味不明の心理だが、まあ、人間のやることなど大抵そんなものだろう。
秋広牛乳の配達箱を横に控えた扉の先は、
「昭和三〇年代の暮らし」が。
テレビにラジオ、黒電話といった具合の、当時に於ける「文明の利器」が確認できる。
私が買った古本の、嘗ての所有者一同も、斯様な景色の只中に身を横たえていたのだろうか?
名状し難く衝き上げてくる何かを感じた。これから先はより一層、書に埋没できそうだ。
せっかく上野まで来たのだからと足を延ばして、東照宮に寄っていく。
雲一つない秋晴れの空。
静まり返った境内に黄金の伽藍が重きを為して、相も変わらず荘厳である。
「大師が弘法の専有なる如く、太閤が秀吉の専有なる如く、権現は家康、即ち東照大権現の専有となれり。今日江戸の遺民、なほ権現様を説く者少なからず。江戸三百年は将軍が支配せりと云ふよりも、寧ろ権現が支配せりと云ふべき也」。
大町桂月の洞察は、まったく正しい。
正しいと骨の髄から実感させる、
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
この記事がお気に召しましたなら、どうか応援クリックを。
↓ ↓ ↓