穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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女子高生と砂袋 ―越後高田の教育方針―


 新潟県立高田高等女学校実景ありようは、私が従来「女子校」という言葉に対して抱懐していたイメージが、如何にステレオタイプに凝り固まった的外れな代物か、痛快に思い知らせてくれた。

 

 前回同様、この地にも、岡本一平の足跡がある。

 

 

Ippei Okamoto

Wikipediaより、岡本一平

 


 ネタを求めて西に東に、ときには列島を飛び出して、世界一周旅行にさえも――岡本はアクティブな男であった。


 かてて加えて、丈余の雪が降り積もる厳冬期を態々狙い、北陸へと赴くあたり、粋と言おうか、通と呼ぼうか。


 一歩なにかが間違えば、線路も真白く覆われて、鉄道不通に、「陸の孤島」と化したその地で先の見えない隔離生活を余儀なくされる危険性とてあっただろうに。

 


 高田市街金谷薬師はスキー場として名高い所、山陰に墓地がある。墓は全く埋れて其処に臥す人々は雪を厚く且温かき衾として永遠の眠について居る。一人は鍬を一人は線香と花を携へた老夫婦らしきが首だけ出した五輪塔の傍を切りに詮索して居る、「嫁の墓は確かにこけら辺だニー」「違ふだよ、わすはヘヤもすらす東の方だと思ったニー」(『一平全集 第九巻』53頁)

 


 が、リスクを冒した甲斐あって、価値あるものもたん・・と見た。雪国情緒を存分に呼吸したようだ。


 冒頭に掲げた高田高等女学校の内側も、そのひとつに含まれる。

 

 

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(冬の高田市、現在の上越市南部)

 


 ここの室内運動上の一角には、果たしてどういうマジナイか、砂袋にがっちり縄がけしたものが、いくつも置かれていたという。


 持ってみると、頗る重い。


 ちゃんと重心を落としてから臨まねば、腰でもいわせそうである。


 案内役の校長先生、得々として語るには、ひとつあたり十貫六百目に調整してあるのだと。


 我々にとって馴染み深い単位に直すと、実に39.75㎏だ。


「なんのために、このようなものを?」


 至極当然の質問に、返って来たのは以下の通りの内容だった。

 


 校長さんの説によると女はかたづいでから手桶を提げたり可成り力業が要る。その用意だ相な。女が働くといふ越後の国の女子教育としてこの用意甚妙。「これでも女にしちゃあ一寸重荷でしょうがよ」と校長さん軽蔑らしく手を掛けたが、男の校長さんにしても重荷だったので一同どっと吹出す。女学生諸君に命ずると「わたス駄目だわよ」「わたス駄目よ」と謙遜し乍ら然も軽々と提げて往き、戻る。(305頁)

 

 

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 よく考えるまでもなく、新潟は米の主産地だ。


 米俵は一俵あたり60㎏にも達するという。


 そりゃあこの程度の砂袋、運べぬようでは良妻にはなれぬであろう。現地の事情にひたひたと添う、みごとな教育方針である。


 運動場にはそれ以外にも、登り棒の設備もあった。


 もっとも素材は鉄でなくして竹であったが、用途自体は変わらない。「校長さんの前説により推論すれば多分嫁づいてから柿の収穫などに木登りが必要ゆゑその準備知識が必要なのか」と、岡本はひとり頷いている。

 

 

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(越後米の収穫)

 


 授業の合間の休み時間には大挙校庭へ走り出て、スキーを楽しむ姿も見られた。


 校庭には先輩方が二年がかりで造営した築山があって、そこが格好のスロープを為していたそうな。

 


 スキーをつけた女学生諸君、家鴨のやうな足取りで築山の頂上へと辿り付き(中略)キャッキャ云ひ乍ら滑走し終る。中には筋斗もんどり切って雪中へ埋没するのもある。然し積雪七尺にも及んで然も綿の如く柔か、キャッキャ云ひ乍ら又起き上って来る。この国の女の雪に親しき事真に予想外である。(307頁)

 


 北越の花は強健だった。

 

 

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(スキー場の女学生たち)

 


 高田高等女学校は、その後数次の改称及び変革を経て、高田北城高等学校となり今へと続く。


 昭和五十年以降、男女共学制を採択したが、現在でもなお比率の上では女子が優位を占めるとか。


 教育目標を眺めるに、「強健な身体を育てる」の一条が。


 伝統の息吹を、勢い感得したくなる。

 

 

 

 

 


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