穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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薩人詩歌私的撰集 ―飲んでしばらく寝るがよい―


 鹿児島弁は複雑怪奇。薩摩に一歩入るなり、周囲を飛び交う言葉の意味がなんだかさっぱりわからなくなる。これは何も本州人のみならず、同じ九州圏内に属する者とて等しく味わう衝撃らしい。


 京都帝国大学で文学博士の学位を授かり、地理にまつわる数多の著書を執筆もした、いわばこの道ひとかど・・・・の権威、藤田元春は嘗て語った。「北九州は長崎、佐賀、福岡、熊本それぞれ方言をもつけれども、大体からいへば一系統であって、大分県の宇佐及び日田盆地に及び、殆ど共通した正しい言語を用ひる。しかし九州山系を超えると全く一変して鹿児島、宮崎を通じて薩摩方言にかはる。地形と方言のこれ程明瞭なことは他に例が少ないと。


 斯様に特殊な鹿児島弁を素材に含む詩歌の類が、だいぶ溜まった。

 

 例によって例の如く、一挙に紹介したいと思う。


 しばしの間、お付き合いいただければありがたい。

 

 

Kyoto Imperial University-old1

Wikipediaより、京都帝国大学

 

 

やっさ飛べ飛べ、白歯のうちに
白歯そむれば、飛ばならぬ

おけさ働けでねん来年の春にゃ
殿じょ持たせる、よかニセを

歌の数々一万五千
恋のまじらぬ歌もなか

 


 とはいえ、いきなり暗号めいた代物をぶつけるのもどうであろう。


 最初はなるたけ癖の小さい、解説不要で意味の通ずる都々逸三首を撰んでみた。

 

 

ゆうて喧嘩の種まくよりも
いわじ時節をまつがよい

腹が立つときゃ茶碗で酒を
飲んでしばらく寝るがよい

 

 

 議を言うな、理屈を捏ねるな、薄みっともない。それでも男か、慎みを持て。――「恥」に関する精神風土をよく顕した二首である。

 

 

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鹿児島市天文館通りの風景)

 

 

おはんばっかにゃなんぎはさせぬ
なんぎすんなら、ともなんぎ

苦労しゃんすな、わずかなしゃばで
好いたことならするがよい

 


 いよいよらしく・・・なって来た。


 ここから更に濃度を上げる。

 

 

いね売いにゃ
さむれもよけっ
通っつろ

いね売いと
半んぱけんかで
値切っちょる

 


 稲売りを題材にした歌らしい。


「さむれ」とは「侍」のことを指すのだろうか。だとすれば大層な意気である。


 水はけの良すぎるシラス台地が大半を占める薩摩では、長年米作りが不振であった。


 なればこそ、不利な条件をかいくぐり、辛うじて収穫された稲穂には、冴え冴えとした日本刀の輝きをも上回る、抜群の威光が宿ったのか。よくわからない。まあ、百姓の鼻息の荒さは江戸時代、どこもかしこも同様だったが。

 

 

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しょうちゅうは
千べ飲めうが
までわかせ
下戸の建てたる
蔵はない

 


 酒席で好んで歌われたとか。


「までわかせ」が不明だが、大体の雰囲気は察せよう。

 


 凡そ薩摩程多く酒を飲む国はなし、彼地にては家々毎夜「おだいやめ」と称へ晩酌を為す、家族も皆主人の相手として一二盃を傾く、随て婦人小児にても相応に酒を飲むもの多し

 


 と、『薩摩見聞記』に記された通り、薩人の酒好きは有名である。


 胃の腑の底が爛れきってぶち抜けるまで呑みまくると専らの噂だ。

 

 

しわよせは
年中ゅ亭主ん
焼酎ン代
 
峠ン茶屋
おかべと焼酎で
うたわせッ

涼ン台
焼酎臭せ婆イ
腰す上げッ

ちょっしもた
カカがやイでた
焼酎なんこ
 


 酒にまつわる方言歌の多さをみても、まんざら評判倒れでないらしいのが窺える。

 

 

 

 

 

 

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