穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

大正みやげもの綺譚 ―岡本一平、山陽を往く―


 土産物にはその土地々々の特色が出る。


 そりゃあそうだ、出ていなければいったいどうして、観光客の購買欲を掻き立てられる。財布の紐を緩ませるには、彼らの日々の生活範囲の域を外れた、そこならでは・・・・の尖った「なにか」が必要なのだ。


 昔の早稲田の名物に、「ホラせんべい」なる奇妙な名前の菓子がある。何かにつけて大風呂敷を広げたがる学祖大隈重信にあやかったに違いない。「天満の天神さん」の愛称で地元民の信望を繋ぐ大阪天満宮、菅公を祀るここの社務所が発行する社報には、大正時代、「面白き神罰の実例」たらいう興味記事が載っていた。


 洒落と風刺と恫喝とをこき混ぜて、軽妙至極な笑話へと昇華せしめたものであり、神徳の宣伝・信仰心の収集に効果を発揮したという。

 

 

Ôsaka-ten'man-gû Shintô Shrine - Haiden Sanctuary

Wikipediaより、大阪天満宮・拝殿)

 


 更に西へと視線を移して。――


 岡山県に着目したい。やはり大正の末ごろに、漫画家・岡本一平がぶらりとこの地を訪れて、秀逸な紀行を残してくれているからだ。


 なにか愉快なネタはないかと漠然とした期待感に衝き動かされ、商品陳列所を見物に行く岡本一平。真っ先に目についたのは、やはり備前焼とか畳表とかいったような大物だった。

 

 

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岡山市西大寺通り)

 


 まず、定番といっていい。


 今でこそお株を九州に奪われた感が強いが、実に中国地方こそ当時に於ける藺草産業のメッカであって、殊に畳表の生産額では、一位を広島、二位を岡山、三位を山口と、まったく山陽一帯の独占に帰した状態だった。


 自然地理学の権威にして「四国山地」の命名者たる下村彦一その人も、

 


 南備後の沖積地または平坦面地には、藺草を栽培してゐるところが甚だ多く、中にも沼隈、御調の両郡や尾道市附近は畳表の主産地で、その名は備後表として全国的に知られてゐる。畳表は、藺草または三角藺たる七島藺と麻糸とを経緯として製作するものではあるが、当地方のものは七島藺からなる琉球表とは自から区別せられる。
 この製造は天文年間、沼隈郡におこったもので、その後次第に発展したが、製造には大なる設備や資本を必要としないため、農家の副業特に婦女子の仕事として適当し、今日では広く中国地方一帯に普及してゐる。

 


 との観察を、昭和五年の『日本地理風俗体系 中国地方』に寄せている。


 岡本の前に置かれたそれ・・も、どこぞの農家の婦人の夜なべの、苦心の結晶だったのだろうか。

 

 

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(岡山の藺田)

 


 まあ、それはいい。


 そうした有名どころの間に挟まり、しかし負けじと存在感を主張する、新進気鋭の若手ども。新たな名物になり上がってくれようずとの挑戦心が籠められた、むしろそちらの側にこそ、この漫画家は惹き付けられた。


 就中、「木堂せんべい」なる菓子が、彼の視線をがっちり捉えた。


 木堂――言うまでもなく、岡山出身の偉大な政治家・犬養毅の号である。

 


…これは扇形のせんべいに木堂の右肩上がりの例の字で「楽善」などと焼付けてあるのです。一体犬養といふおやぢは食へないおやぢで強ひて食はうとすれば反対に食はれてしまふおやぢです。成程木堂はせんべいにして食ふ方が安全です。田中政友会総裁の茶受けの相手には持って来いでしょう。(昭和四年発行『一平全集 第九巻』312頁)

 

 

Inukai Tsuyoshi

Wikipediaより、犬養毅

 

 

 早稲田のホラせんべいといい、この時期の政治家はとかく名物に使われがちだ。ほとんどアイドルさながらではあるまいか。


 あらまほしき偶像を世間の上に投影し、以って大衆の心を得、彼らの支持をとりつける――なるほど遣り口の面に於いては、一定の類似性も見出せようが。


 為政者には時として、どんな役者よりも凄まじい演技能力が必要なのだ。


 歌がある。


 何代目かの岡山県知事、佐上信一。彼がつくった歌がある。


 もののついでに紹介しよう。

 

 

岡山の 人よ誇れよ 後楽園
仙鶴遊ぶ 庭の辺に 
常盤の松も 色栄えて
かしこき記念の 延養亭

 

 

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(延養亭)

 


 佐上は優秀な内務官僚であり、岡山県以外にも、長崎・京都・北海道等、各地の知事を歴任した。

 

 

 

 

 


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