穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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夢路紀行抄 ―チェックポイント―


 夢を見た。


 ヤケを起こす夢である。


 錆びたパイプが石造りの壁を這う、日の差しにくい裏通りでのことだった。


 肉厚のナイフを逆手に持って、私は獲物の隙を窺う。くたびれきった作業服に身を包む、ガラの悪い男ども。彼らを始末せぬ限り、この先に――目的地に至ることはできないだろう。


 それはわかる。


 問題は、どのようにして片すかだ。


 あっちは未だこっちの存在に気付いていない。ごみごみした路地裏には、身を隠すオブジェクトが山とある。無防備なその背を見詰めていると、私はふいに連中を、ひとりひとり隠密裏に始末したくて堪らない気分になってきた。


 ゲームでよくある、ステルスプレイと謂うヤツだ。

 

 

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 輪をかけてゲーム的であったのは、やり直しが効いたということである。


 呼吸を整え、心を決めて物陰からそっと脱け出し、一人斃し、二人斃し――三人目でしくじった。脂でも巻いたか、刃がすべって急所を外れ、即死に至らなかったのだ。


 順序からいって、当然甲高い悲鳴が上がる。


 残党がこちらを振り向いた。


 コンピューター制御としか思えないほど、息の揃った動作であった。


 目を怒らせて殺到してくる。迎え撃つ身の私には、しかし一切の闘志がなかった。


(駄目だこりゃあ、台無しだぞ畜生め)


 やる気と換言してもよい。


 私はここをステルスで突破したかったのだ。そうしなければと思っていたのだ。横断歩道で子供がよくやる、「白線から踏み出さずに渡り切ろう」にもどこか通ずる無意味なこだわり。まったく不合理極まりないが、この誓約を果たせないなら死んだ方がマシな気分であったのだ。


 現に死んだ。


 鉄パイプか何かを振り下ろされて、スイカみたく頭をかち割られたのだと思う。


 死するや否や、私は元の物蔭に潜む状態まで回帰していた。殺めたはずの敵どもも、五体満足で思い思いの所作をしている。


 そのことを、特に不思議と思わない。こうなると分かっていればこそ、棒立ちで死を受け入れたのだ。


 さながらチェックポイントの読み込みが如し。今度こそは上手くやろうと心に決めて、私はナイフを構え直した。

 

 

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 が、失敗した。


 次も失敗。


 何度やってもステルスプレイが決まらない。想定外の事故により、必ず中途で妨げられる。募る一方の徒労感、私はだんだん馬鹿馬鹿しくなってきた。


 たぶん十回か、十一回目だったと思う。ついに自制心の限界が来た。聞くに堪えない罵詈雑言を発射しながら、私は敵にとびかかる隠密性など欠片も含まぬ、徹頭徹尾の正面突破を開始したのだ。


 たちどころに玉砕すると予想おもわれた。


 ところが蓋を開いてみればどうだろう。敵手という敵手はたった一つの例外もなく、紙細工と見紛うばかりの容易さのもと切り倒されて、ふと気がつけば私はかすり傷も負うことなしに目的地へとたどり着いている始末。


 拙速は巧遅に勝る、とでも言うのだろうか。ゲームめいたこの夢は、なにかしらの寓意をはらんでいるかのように思われる。


 あるいは久々に帰った実家に於いて、ゲーム音楽を思う存分聴きまくっただけの所為かもしれぬが。

 

 

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聖剣伝説 Legend of Mana オリジナルサウンドトラック』。私のAmazon購入履歴、記念すべきその第一号。


 今を去ること14年前、2007年3月某日に入手したこのCDも、人の少ない田舎の有利を活用し、全身で堪能させていただいた。


 人生の何処を切り取っても、私の傍にはゲームの姿を確認できる。


 だからあのような夢を見もするのだろう。セーブとロードの便利さよ。年季の入ったゲーム脳と、我ながら感心したくなる。願わくば墓に入るまで、コントローラーを握り続けていたいものだ。

 

 

 

 

 

 

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