穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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続・福澤諭吉私的撰集


 もう少しだけ福澤諭吉を続けたい。


 ――明治維新にケチをつけたがる類の輩が愛用する論法に、アレは市民革命ではない、支配階級すわなち武士同士の内ゲバに過ぎない、よって不徹底も甚だしく未完成もいいところだとの定型がある。


 が、福澤諭吉に言わせれば、「だからこそよかった」


 下からでなく、上からの改革であったればこそ。だからこそ日本の近代化は首尾よく進展したのだと、そのように話を持ってゆく。

 


恰も上流より流して下流に及ぼし、先づ脳髄を文明にして漸く手足に達したることなれば、其道、順にして、流行も亦速なり。之を他の亜細亜諸国に於て、下等の小民等が単に商売などの利益の為めに、先づ文明に接して文明の事物を耳聞目撃することあれども、上流の士君子は依然たる旧時の亜細亜人にして、千載一日の如く曾て変通の道を知らざる者に比すれば、正しく事情の正反対を見る可し。

 

 

東京奠都

 


 蓋し卓見といっていい。


 日本の国情、精神風土、物の道理をよくご存知でいらっしゃる。


 なお、ついでながら、「他の亜細亜諸国」を評するにあたって福澤は、まず支那をして、

 


〇古来貴族専権の国柄にして、人民を苦しむること甚だしく、今の政府に至りても、民間の私に何が業を企るなどの場合は申す迄もなく、或は政府に仕へて地位を求めんとするにも、又は罪を得て刑を免れんとするにも、総て賄賂の手段に由り目的を達するの常にして、政府の官吏即ち貴族の一類は其賄賂を利して自ら私慾を充すのみ。貴族専横、賄賂公行、人民には殆んど私有の安全なしと云ふ、国勢奮はずして次第に衰運に傾くも決して偶然に非ざるなり。

 


 腐敗の総本山なりと、神田正雄とほぼ同一の判を押し、また朝鮮に関しては、

 

 

要するに彼の政府の内部は化物屋敷に異ならず。百鬼雑居して仮面を装ひ、媚るが如く、訴ふるが如く、喜ぶが如く、怨むが如く、出没常なく、去就定まらず、唯人の目を瞞着して銘々得手勝手を働かんとする其正体は容易に認む可からずして、到底人間普通の常理を以て遇す可き対手に非ず。

 


『脱亜論』の著者らしく、このような口吻を残してもいる。

 

 

(李王家博物館)

 


〇凡そ世界の外交法に、他国の事を見て手を出すの口実なきに苦しむものこそ多き其反対に、今や日本国は朝鮮より手を引かんとしても其口実なきを憂る者なり。

 


 金玉均の惨死やら何やらを通して、よほど愛想が尽きたのだろう。

 

 

京城東大門市場)

 


〇娼婦の業は素より清潔のものに非ず、左れば之れを賎業と唱へて一般に卑しむことなれども、其これを卑しむは人倫道徳の上より見て然るのみ。人間社会には娼婦の欠くべからざるは衛生上に酒、煙草の有害を唱へながら之を廃すること能はざると同様にして、経世の眼を以てすれば寧ろ其必要を認めざるを得ず。

 


 先生、フェミニストがブチ切れますぜ。


 まあ、それを恐れて筆を引っ込めるような、可愛げのある方ではないか。

 


往年徳川政府の時に香港駐在の英国官吏より日本婦人の出稼を請求し来りしことあり。其理由は同地には多数の兵士屯在すれども婦人に乏しきが故に、何分にも人気荒くして喧嘩争論のみを事とし制御に困難なれば、日本より娼婦を輸入して兵士の人気を和げたしと云ふに在りき。ウラジオストクなどにても同様の理由を以て頻りに日本婦人の出稼を希望し、ま々々出稼のものあれば大いに歓迎して、政府の筋より保護さへ与ふるやの談を聞きたることあり。

 

 

 


 外国人がゲイシャガールをこよなく愛したことについては、以前触れた通りである。


 アメリカの、とある企業の重役なぞは、社用で日本に向かう直前、念入りにも「芸者の手配は十全か」との電報を発しておいたほどだった。


 接待文化も馬鹿にならない。


 江戸時代には百姓さえもそれ・・をした。検地のためにやってきたお役人を酒に女にもてなしまくって、検地帳に載せる数字を一寸でも甘くしてもらうべく努力した。


 国会開設後も、「この国の重要政策は議会ではなく料亭・・で決まる」とよく諷されたものだった。


 もはや伝統、国民性の域である。


 そういうものを、

 


〇彼の廃娼論の如き、潔癖家の常に唱ふる所にして、或は時に実行したるの例なきに非ざれども、其結果を如何と云ふに、表面に青楼と名くる悪所の存在を止めたるまでのことにして、実際に風俗を破り衛生を害するの弊は、公娼の営業を公許したる時に比すれば一層の甚だしきを致して其弊に堪へず、苦情百出の為めに遂に復旧したるの事実は世人の知る所なる可し。

 


 機械的に、一片の法令で縛ろうとしても、そりゃあ上手くいかないわけだ。

 

 

 


昨是今非、朝友暮敵は国交際の常にして、今日の平和必ずしも萬歳の平和に非ず。唯吾々は今後共に外交当局の人々に依頼し、充分に其技倆を振ふては国の名誉実益を維持するに怠るなからんことを希望するのみ。

 

甘言蜜の如くなる外交官の腹底には剣を蔵むるの常にして、外交の技倆とは言行相反するに最も巧妙なるものなりと云ふも不可なきが如し。既に此方に於て妙巧を尽せば、他に妙巧なるものあるも之を咎む可らず。要は唯その妙巧の優劣を争ふに在るのみ。

 


 国家に真の友人はいない。あるのは国益だけだと、福澤は弁えきっていたらしい。


「わが国以外はすべて仮想敵国である」。ウィンストン・チャーチルのこの言葉にも、きっと全面的に同意しよう。

 


〇外交は虚々実々にして諸種の手段を要する中に就き、黄白の物も亦自から必要にして実際に効能の大なることあり。


金を給せずして外交の能事を望むは本来無理なる注文にして、人の手足を縛して運動を促すが如し。如何なる人物をして局に当らしむるも唯徒に之を苦しむるに足る可きのみ。

 


 流石、一万円札になる人は言うことが違う。

 

 

 


 人生が戦場ならカネは銃弾。そうだとも、この欲の世で、金もなしにいったい何事が成せるという。自分の身すら守れないのがオチではないか。

 


〇今や日本は一蹶して文明世界強大国の列に入りたり。既に強大を以て自ら居るときは其強大相応の費用なきを得ず。之を費さずして単に外交官の運動を促すは、兵糧を給せずして進軍を命ずるに異ならず。我輩は飽くまでも外交の兵站部に給与の豊なることを望むものなり。

 


 比喩表現も秀逸である。


 こういうマキャベリスト的論調が、たまらなく私を魅するのだ。

 

 

 

 

 


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