穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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ひいばあちゃんの知恵袋・後編


 頭は冷えた。


 再開しよう。

 


鋸屑おがくずを濡らして固く搾り、箱に入れて、伊勢海老をその中に埋め、暗いところにおくと、一週間くらゐは、生きたまま保たせることができます。新年など、かうしておくと重宝です。

 


 冷蔵技術の未熟な時代の工夫であった。


 人間にとっては重宝だろうが、伊勢海老にとってはどうだろう。狭っ苦しい箱の中、身動きもならず、鋸屑まみれで閉じ込められる心境は。「いっそ一思いに殺ってくれ」と懇願するのではないか。それに対して人間は、「やだよ、殺っちまったらお前、途端に腐り出すじゃあねえか、俺の迷惑も考えろ」と答えるわけで……。


 いかん、動物愛護団体の口吻みたくなってきた。


 ああ、そういえば、「海老を煮るのは動物虐待」と言い出したのは、この頃の合衆国が嚆矢だったか。

 

 

 

 

〇家畜を肥満せしむるには、亜麻仁油滓渣かすを以て飼養すれば最も宜しいので、西洋各国では非常に貴重しておりますが、我国では亜麻仁油の製造所がないから、随って滓渣を得ることが出来ません。然し若し亜麻仁三合に対し水一升の割合を以て二十分許りも煮沸し、殆ど半流動体の粘液として与ふれば、脂肪層を増加し、肉質を肥満し、乳牛ならば乳汁の分泌を増加し、又病畜ならば其の恢復期を早からしむるの効があります。

 

〇豚には粗製糖を日に百匁乃至二百匁づつ与へれば、大いに肥満するものです、一体豚は砂糖を好むものでありますから、糖分を含んだものなら何でもよく、就中牛乳の酸敗せるを、水を搾って粕だけ与へれば最も効顕があります。

 


 酸敗牛乳の搾り粕――。


 ヨーグルトの出来損ないみたようなのを想像してみる。


 何でも喰うのが家畜としての、豚の優れた点である。脱脂粉乳や砂糖で豚を肥やすのは、現代でも幅広く採られている手法だそうな。

 

 

(鹿児島の豚)

 


〇玉子の黄身を以て頭部を洗へば、毛髪を柔にし恰も絹の如き光沢が出ます、又頭垢ふけを去るのにも最も軽便なる方法であります、世間には白身の方が有効で、黄身は効の無いものと思っておる人もありますが、これは全く反対で、白身は左程効能のあるものではありません。

 


 これまた今でも実践者のいる知恵だった。


 もっとも卵の値が吊り上がり、一躍「高級品」の仲間入りを果たしつつある今日こんにちの事情、それを洗髪に具するなど、庶民感覚からすれば以ての外の贅沢行為、敷居の高さが百年前より上昇していかねないのが、なんともはや。

 

 

 


〇俎板なり皿なりに脂のついたのを取るには糠でこすって沸湯をかけると綺麗に取れます。


〇蛤の貝柱の容易にとれる様にするには、煮るとき米を七八粒入れるがよい、奇妙によく取れます。


〇玉子の殻を蔭干にし、後薬研で粉末にして、之れに米糠を混ぜ、洗粉に用ゆる、普通の洗粉よりはずっと上等です。

 


 米の力を引き出すことに余念がない。


 流石日本人、稲作の普及を以ってして「王化」と為した民族のすえなだけはある。

 

 

 


〇オリーブ油、糖蜜及びランプの油煙を等分に混じたるものを塗れば、古き色の剥げたる靴も、光沢を発し、新しい靴のようになります、此法は普通靴墨として用ゆるにも最も適しております。


〇樟脳、蓮、茴香、紅花を各々二匁づゝに、アルコールをたっぷり入れ、密封してしばらくおくと、各々の精分が滲出され、エキスができます。これを、肩が凝ったやうなときに、筆につけて塗りますと、凝りもれるものです。

 


 このあたりで、まあ、ざっと、並べるべきは並べ終わった。


 だがしかし、もののついでだ、せっかくなので最近やっていなかった、名歌の列挙もやらせてもらおう。

 


〇ちらす心かアレまあ憎い、春の夜中の仇あらし


〇すねた姿も常盤の松の、操たゞしき春のいろ


〇蚊帳を出てから又見る寝顔、かうも床しくなるものか


〇来るか来るかと待たせておいて、外へそれたか夏の雨

 

 

 


〇しのび足して閨の戸あけて、そっと立ちぎく虫のこゑ


〇末を思へば夜はしんしんと、こゝろ細さや秋の月


〇袖のうつり香まだ消えぬのに、かうもあひたくなるものか


〇諦めましたよどう諦めた、諦められぬと諦めた


〇ぬしは今頃さめてか寝てか、おもひ出してか忘れてか


〇末に添ふとはそりゃ知れたこと、今が逢はずに居られない

 

 

 


 すべて都々逸。艶冶な句を多く集めた。


 情緒纏綿、心に滲みる、歌い継がれるべきである。

 

 

 

 

 


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