穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

※当ブログの記事には広告・プロモーションが含まれます

2019-01-01から1年間の記事一覧

鉄道王の大激怒 ―小村寿太郎とエドワード・ハリマン―

前回、せっかく小村寿太郎に触れたのだ。 ここはひとつ、彼と併せて語られることの多いアメリカ合衆国の鉄道王、エドワード・ヘンリー・ハリマンについても語らねば、なにやら勿体ないような感じがする。 ゆえに、書こう。 (Wikipediaより、ハリマン) フロ…

小村寿太郎の評価について

いったい小村寿太郎という人物は、外交官として有能だったのか、どうか。 この疑問を解き明かすには、なるたけ多角的な視点から彼を観察せねばなるまい。差し当たってまず第一に、1905年8月10日以降、アメリカ、ポーツマスにて日露戦争講和条件の諾否をめぐ…

予期せぬ出逢い ―愛国者たち―

先日、こんな記事を書いた矢先、とんでもないものが古書の中から滑り出て来た。 何はともあれ、まず見て欲しい。 粗末なパラフィン紙に、おそらく万年筆か何かで書き付けてある。内容は、 (数文字解読不能、おそらく書き手の姓名か)義に捨身(みをすて)天…

尾崎行雄、敵愾の詩

先日の記事の補遺として、書く。 尾崎行雄咢堂は、やはり異常人であるようだ。 通常、日本人というものは、死者の悪口をあまり言わない。 死なばみな仏という意識が自然にあって、生前のあれこれは水に流そうという気分がはたらく。 ところが咢堂に限っては…

尾崎行雄と偽装大国

咢堂こと尾崎行雄が、軽井沢の別荘に起居していたころ。彼にはひとつの習慣があった。 早朝、日の出とほとんど時を同じゅうして戸外に出、浅間山の広闊なる裾野にて乗馬運動を楽しむのである。 ところがその日、いつもの日課をこなすべく玄関を出でた咢堂は…

夢路紀行抄 ―キングギドラと赤備え―

夢を見た。 死の宣告の夢である。 月報、広告、押し花、新聞紙の切り抜き等々、購入した古書の中に「何か」が挟まっていることは、私自身多く経験したことである。 しかしながら硬貨が滑り出て来たことは、今朝の夢以外では未だない。それは床に落下して、硬…

『柳樽』川柳私的撰集 ―其之弐―

里のない 女所(にょうぼう)は井戸で 怖がらせ 井戸をどうやって脅しの道具に使うのかというと、こういう次第だ。 まず、袂に重そうな石をどっさり詰め込む。 身がずっしりと重くなったところで、次に井戸の縁に腰を下ろして体を揺らし、今にも落下しかねな…

『柳樽』川柳私的撰集 ―其之壱―

日本人はユーモアセンスの欠落した民族である。そんな指摘を事あるごとに耳にするが、私はこれに賛同できない。 何故なら、川柳というものがある。 痛烈骨を刺す諷刺をたった十七文字に凝縮させて、しかも軽妙洒脱な爽快さを失わない川柳という文芸は、まっ…

不義密通の報い也 ―火刑、八つ裂き、生き晒し―

時は中世ヨーロッパ。愛妻家で知られたとある貴族は、しかし妻の浮気を知るに及んでそれまでの性情を一変させた。 彼は妻を捕らえると、その歯を一本残らず引き抜いて、治療もせずに壁の中のわずかな隙間に監禁し、そのまま死ぬまで放置したのだ。 身じろぎ…

更紗兎とチベタン・マスティフ ―投機対象の動物たち―

明治初頭の日本に於いて、天竺鼠ことモルモットが錦鯉よろしく愛玩され、異常な値上がりを見せたことは、上記の記事にて以前述べた通りである。 が、同時期に異常な値上がりを見せた生物は、ひとりモルモットのみではなかった。 兎も同様だったのである。や…

古老の教え、感傷の盆

新橋―横浜間に鉄路が敷かれ、そこを汽車が往来するようになり、その運賃が二十銭だったころの話である。 遊郭の格子先に腰を下ろして煙草をふかし、「東京」と改称されてまだ間もないこの大都市の通りを行き交う人波を、何の気なしに眺めている青年がいた。 …

「ギブミーチョコレート」の系譜

維新史で江戸がクローズアップされるのは、たいてい彰義隊騒動以後であり、それまでこの百万大都市は風雲をよそに眠りこけていたかのような観がある。 が、事実は決してそうではない。 時勢の影響は、しっかりと随所に於いてあらわれていた。 徳川慶喜が江戸…

当たり屋の先祖、文箱割り

江戸時代、京の貧乏公卿たちが好んで用いたゆすりたかりの手口があった。「文箱割り」と呼ばれる技である。 菊の御紋のついた文箱を使いに与え、市街に送り出すところからそれは始まる。使者は丹念に獲物を物色し、やがて「これは」と思った相手を見つけると…

夢路紀行抄 ―アポカリプスと乾電池―

夢を見た。 滅びた世界の夢である。『フォールアウト3』に於けるキャピタル・ウエイストランドのような、文明の痕跡がそこかしこに点在する荒野を彷徨っていた私は、やがてマンション――いや、アレは団地と呼ぶべきか――を発見。何か役立つ遺物はないかと期待…

土井晩翠激情の歌 ―黒龍江虐殺事件―

19世紀も残すところ五ヶ月を切った、1900年8月3日。 中国大陸東北地方、黒龍江にて耳を塞ぎたくなる惨事が起きた。 虐殺である。義和団事件の混乱を幸い、この機に乗じて満蒙一帯の支配を盤石ならしめんと画策した帝政ロシアの手によるものだ。 (Wikipedia…

毒の不思議な魅力について ―ストリキニーネ、及びクラーレ―

世にも不幸なその事故は、1896年、イギリスに於いて発生した。 今でいう製薬会社に勤務する一社員が、薬瓶のラベルを貼り間違えてしまったのである。 それも風邪・頭痛薬として広く用いられていたフェナセチンと、劇薬たるストリキニーネのラベルを、だ。 こ…

アトローパ・ベラドンナ ―「狂乱じみた桜桃」―

ドイツに於いてはトルキルシェ。 英語圏ではナイトシェード。 これらはいずれもベラドンナを指す語句であり、前者は「狂乱じみた桜桃」、後者は「夜の影」と訳される。 ベラドンナ。『スカイリム』のような海外の大作オープンワールドゲームにも時たま姿を現…

蛇をとる人々

ティーラーやトラクターなどの機械力が浸透する前、わが国の農耕は専ら牛や馬などの動物力に頼って営まれていた。 が、動物は機械と異なり、個体差というものが顕著である。仕様書通りの効果を発揮してくれるとは限らない。何度教え込んでもちっとも仕事を覚…

神秘なるかな隠れ里 ―三面村・後編―

※2022年4月より、ハーメルン様に転載させていただいております。 寺の壁を突き抜けて、背後の山から不特定多数の人間の叫び声が聞こえて来たのはちょうどその時のことである。 言語として意味をなさない、しかし一種憑かれたような異様な迫力を感じさせる「…

神秘なるかな隠れ里 ―三面村・中編―

※2022年4月より、ハーメルン様に転載させていただいております。 案内された小池村長の邸宅で、一行は妙なことを求められた。村長はおもむろに宿帳のような帳面を持ち出して来て、 「是非、みなみなさまの御署名を」 と頼むのである。 「村の記念にしたいン…

神秘なるかな隠れ里 ―三面村・前編―

※2022年4月より、ハーメルン様に転載させていただいております。 以前紹介した霧中衆や風波村と比較して、三面村(みおもてむら)の輪郭はかなりはっきり判明している。 新潟県と山形県の県境を為す朝日連峰の懐深く、三面川の清流ながるるその側に、かつて…

楚人冠の見た悪夢

寝苦しい夜が続いている。 日中の熱気が、夜になっても去らない所為だ。 こういう場合、普通は眠りが浅くなり、曖昧模糊な夢に浮かされるらしい。 ところが私の肉体は、どこか回路を組み間違えでもしたものか、まるで別な反応を示す。ここ最近、ちっとも夢を…

大倉喜八郎と彰義隊 ―豪胆さと高潔さ―

その日、彰義隊は一人の商人を詰問していた。 元乾物屋で、黒船来航を機に今後鉄砲の需要が高まると見抜き、見抜いた以上ははやばやと鞍替えして神田和泉通りに銃砲店を開いていた男である。 名を、大倉喜八郎。 建設、化学、製鉄、繊維、食品等々、数多の事…

「品位」のはなし

二十世紀初頭のイギリス政界に於ける逸話だ。 労働党の首領、ジェームズ・ラムゼイ・マクドナルドと、自由党の首領、ハーバート・ヘンリー・アスキスとが相並んで演説を行ったことがある。 先んじて論壇に臨んだのはアスキスの方。彼が滔々と聴衆に向って呼…

伊賀の国の「三百祝い」

伊賀の国に「三百祝い」なる古俗がある。 兄弟姉妹の年齢を合算してその数「三百」に達すると、酒肴を用意し一門の古老を賓客として招待し、しめやかな宴を開くのだ。 単純だが、この条件を満たすのは、なかなか容易なことでない。 昔は平均寿命の短さから、…

迷信百科 ―インド今昔殺人奇譚―

つい先日、インド東部の某村で一家四人が撲殺されるという事件が起き、しかもそれが「村の災いの元凶はあの一家」とまじない師に告げられて、押しかけた十数人の村人達による犯行だったという事で、そのあんまりにもな奇抜さから一部ネット界隈を騒がせた。 …

夢のニカラグア運河

私が「ニカラグア」の名を知ったのは、PSPのゲームソフト、『メタルギアソリッド ピースウォーカー』がきっかけである。 知っての通りこの作品にはソモサ政権(ニカラグアを四十三年に亘って支配し続けた独裁政権)の打倒を目指し、コスタリカで活動を続ける…

一八五四年、幻の琉球占領 ―紙一重の歴史―

開国以来、多くの日本人がアメリカ合衆国を訪れた。 留学なり、観光なり、事業なり、その動機はまちまちだ。やがて時代が下って来ると、彼の地で演説ないし講演を行う日本人とてちらほら現れるようになる。 そんなとき、劈頭一番、彼ら弁士が話のすべりをよ…

夢路紀行抄 ―泥の浴槽―

夢を見た。 温泉のデモンストレーションを見物している夢である。 浴槽には最初、突っ込んだ指先がすぐ見えなくなるほどに濃い、きたならしい黄土色の泥水が満たされていた。そこへその温泉の湯を注ぐと、なんたることか、みるみるうちに濁りが晴れて美しい…

不老への憧れ

朝目が覚めて、布団から起きて、腰に走った激痛に、危うく呼吸が停止しかけた。 正確には右の脇腹の裏側が痛い。つまったようなと言うか、楔でも打ち込まれたかのような、と表現すべきか、とにかく尋常ではない痛み方だ。背骨からは外れているから、ヘルニア…