ドイツに於いてはトルキルシェ。
英語圏ではナイトシェード。
これらはいずれもベラドンナを指す語句であり、前者は「狂乱じみた桜桃」、後者は「夜の影」と訳される。
ベラドンナ。
『スカイリム』のような海外の大作オープンワールドゲームにも時たま姿を現すこの植物は、正式な学名をアトローパ・ベラドンナ。イタリア語でそのまま「美しい婦人」を意味するベラ・ドンナと、ギリシャ神話に於ける死の女神、アトロポスとをつなぎ合わせて出来た語だ。
こう書くと、その死の女神様とやらはよっぽど美しい方なのかと想像するのは、私が偉人・神仏・艦船・城郭・その他諸々あらゆるすべてを美少女化して憚らない現代日本のサブカルチャーにどっぷり浸かった男だからに違いない。命名者の思惑は。むろん異なる。
命名者はこの植物に、「美」と「死」の同居を見出したのだ。
その昔、ベラドンナの汁液は日夜美しさを追求してやまない社交界の貴婦人たちの随喜渇仰するところであった。これを眼球にしたたらせると、やがて瞳孔が拡大し、圧迫された虹彩は細い輪のようになって僅かに外周を覆うのみと、そういう効果を発揮する。
この巨大化した瞳孔が、当時の紳士たちに受けたのだ。まるで神秘的な池のような、見ていると吸い込まれそうになる、底知れぬ「深み」を宿した黒であると口々に美辞麗句を並べたというから美的感覚の移り変わりはわからない。
が、同時にベラドンナは極めて毒性の強い植物でもある。
専ら中毒を引き起こすのは、葉と果実に含まれるアトロピンという成分だ。特に実の方は一見ブルーベリーに似ているので、たまに好奇心旺盛な子供が食べてひどい目に遭う。
アトロピン――すなわちベラドンナの中毒症状は、まず口腔や咽喉の乾燥感から出発する。
そのうちものが二重に見えだし、眩暈に襲われ、皮膚には赤い斑点が浮き上がり、恐怖感からの錯乱、異常興奮、泥酔状態に似た妄言を繰り返すようになり、遂には麻痺と意識不明に陥って、最悪の場合死亡する。「
このベラドンナといい、マンドラゴラといい、ヒヨスといい、ハシリドコロといい、ナス科の植物にはえげつない毒を持っているものが多い。
特にシロバナチョウセンアサガオなどは、使い方次第で『アサシンクリード』シリーズに於ける「バーサクダート」そのものの現象を引き起こすことさえ可能ときているから驚きだ。
嘘ではない。
実例がある。
1908年、ベトナムがまだ植民地であったころ、首都ハノイで起きた事件だ。
発端は、この地に根付く呪術師たちが、余所者の分際で統治者ヅラする白人どもを皆殺しにしてやりたいと念願したことである。その願いを現実化させる方法として選出されたのが、シロバナチョウセンアサガオだった。
呪術師たちは策謀をめぐらし、この植物から得られた精製物を、こっそり駐屯兵のめしの中に混ぜたのである。果たして効果はてきめんだった。兵士たちは狂妄状態に落ち込んで、なにがなにやらわからなくなり、そのうち一人が混濁した意識のまま狙いも定めず銃を撃ち、その音が更に集団の狂気を加速させ、そこかしこで同士討ちが続発する、阿鼻叫喚の地獄絵図に陥った。
これもまた、立派なバイオテロの一種であろう。
が、食事の量に対して薬物が少なすぎたのか、兵士たちの狂乱状態はやがて解け、統制を取り戻すに従って、呪術師たちの反乱計画も水泡に帰した。
ベトナムでは最近でも企業経営者が呪術師にすがり、助言を求めることが多いという。
宗教的エクスタシーに達すべく、彼らは古くから植物の薬効を研究及び利用してきた。
その技術が、今なお脈々と受け継がれているのだろうか。
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