穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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夢路紀行抄 ―嵐の夜に―

 

 風の音に聾され続けた夜だった。


 台風15号関東平野を舐め上げるように通過していった昨晩の話だ。吹き付ける風雨の凄まじさに家の骨組が悲鳴を上げて、その不吉な音色とひっきりなしな震動に、ともすれば防空壕B-29の爆撃に耐え忍ぶ戦時中の方々の心に僅かなりとも共感できた気さえした。

 

 

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 おまけに雨戸という雨戸をみんな閉め切ってしまったものだから、ひどく蒸して不快指数がみるみるうちに上昇した。かといってあの暴風の中、無思慮にクーラーなんぞをつけようものなら、室外機に自殺を強いるようなものである。


 結局、扇風機を抱くようにして寝るしかなかった。


 台風が襲来した夜というのは、いつも決まってこのこれだ。寝苦しいったらありゃしない。


 その所為か、二十年来の友人から連帯保証人になってくれと頼まれるという、とんでもない夢まで見てしまった。


 急な申し出に私は驚き、かつおそれ、


 ――いくらお前の頼みでも、こればっかりは。


 そう峻拒すると友人は、途端にはじかれたように顔を上げ、


 ――そうか、まあそりゃ、そうだよな。


 頷いて、殊更に明るい声で笑ってのけた。


 声量は大きい。大きいが、その大きさは謂わば風船の大きさで、中身がちっとも詰まっていない。


 虚勢であると一目で知れた。


 今すぐにでも膝から地面に崩れ落ちるか、さもなくば私の胸倉をつかまえて、この人非人の冷血漢と罵りたいのが正直なところであったろう。


 が、そうした本音の噴出を一手に抑え、あくまでいやなものを残さず立ち去ろうとする後姿に、


 ――この男のためならば、判子の十や二十、ついてやっても惜しくないのではあるまいか。


 との想いが、沛然として私の胸奥から湧いた。


 が、それが言葉となって舌の先から滑り出ることはついぞなかった。夢の中であるにも拘らず、理性が、経験が、本来麻痺しているはずの諸々の機能が、私の行動を抑止したのだ。


 そして今なお、あの判断が間違っていたとは思わない。「感動」は危険だ。「快楽」と同じく迂闊に身を委ねると、ついに人生を誤りかねない。

 


 夢はこの一幕だけでなく、他にもクローゼットにぎっしり詰まった竹槍とか、何がしか見たものがあったはずだが、そうしたものはちぎれちぎれの綿雲のように断片的な映像が記憶野にこびりついているだけで、はっきり筋道立てては到底語れそうにない。


 異様な夜には異様な夢を見るものだ。そう結論して終りにしよう。

 

 

 

 

 


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