穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

実在した秘技「根止め」 ―大日向五郎左衛門の勇―

 

 夢枕獏原作、板垣恵介作画の傑作格闘漫画餓狼伝には「根止め」なる特異な技が登場する。


 古武道・拳心流の秘技として位置付けられるこの技は、対手の口中深くにまで拳を突っ込み気管を塞ぎ、窒息せしめるという殺人技で、同流派の八代目師範・三戸部弥吉が慶長七年(1602年)熊と対決した際に偶然発見したとされている。口に侵入してくるものを噛めないという動物の本能を逆手にとった、一見単純にして実は生物学的に裏打ちされた技なのだ、と。


 眉唾に思う人も多かろうが、ところがどっこい、これに類する話は実在している。この「根止め」を実戦の場で使った男が、現にいたのだ。


 その人物とは、大日向五郎左衛門なる戦国武士。加藤清正の麾下につき、戦場では命を惜しまず死に物狂いで働いたから、まず以って似合いの主従といっていい。

 

 

Katō Kiyomasa

 (Wikipediaより、加藤清正

 


 彼はまた生来の狩猟好きに出来ていて、合戦のない暇な時期には獲物を求めて専ら山野を練り歩き、その腕前たるや本職の猟師顔負けな域に達していたとされている。


 事が起きたのは、雉撃ちに出掛けたある日であった。五郎左衛門が山奥深くに踏み込むと、樹々の茂みの向こうからにわかに砂煙を巻き上げて突っ込んで来るものがある。


 見れば、子牛ほどもあるさても巨大なだった。


 通常サイズの猪ですら、その突進をまともに受ければ容易に人を絶命させ得る。ましてやこれほどの規模ともなると、もはや具象化した死と何ら変わるところがない。
 歩兵が単独で戦車の前に立たされるようなものだと言っても、決して過剰表現にはあたるまい。両者の間には、それほど戦力の開きがある。武器を捨て、遮二無二逃げ出すのが当たり前の反応だった。


 ところが五郎左衛門ときたら、


「おお、よき獲物よ」


 年来の恋人を見つけたかのように嬉しそうに言ってのけ、悠々と両手を広げて待ち構えたからたまらない。


(なんと無謀な)


 当然の感想を抱いたのは、この情景を近くの尾根筋からたまたま見下ろしていた猟師の一団。彼らはこの「自殺行為」に仰天し、数秒後の惨劇を幻視して、


「逃げろ、逃げろ」


 悲鳴交じりの注意を口々に叫んだ。


 ところが五郎左衛門が見せた対応ときたらまるで逆。彼は「逃げる」どころか「待ち構える」さえ超越し、みずから猪めがけて駆け出した。

 

 

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(あっ)


 と思ったときにはもう既に、五郎左衛門の固めた拳が下から猪の喉を突いていた。


 今で云う、アッパーの形に近かろう。


 が、如何に五郎左衛門が勇猛だろうと、人間の体重で猪の脳は揺らせない。

 獲物の思わぬ反撃に、猪は一瞬たじろぐ気配を見せたものの、すぐさま怒り狂って牙を振り立て五郎左衛門を突きに来た。


 五郎左衛門は風に吹かれる一枚の紙に化したが如く、身体を開いてこれを躱し、
 跳び、
 掴み、
 組み、
 挑み合うこと数分に及んだ。


(捨て置けぬ)


 その間、件の猟師たちはこの「勇士」を救出すべく斜面を駆け下り接近したが、五郎左衛門と猪の距離が近すぎ、どうにも加勢しようがない。


 手に汗握り、あれよあれよと傍観する以外になかった。


 そうこうするうち、何かのはずみで五郎左衛門の両腕が猪の口中に飛び込んでしまう。
 えたりとばかりに歯を噛み鳴らし、獲物を喰い千切りにかかる猪。
 が、この激痛にも五郎左衛門は怯まなかった。腰を前に押し出して、むしろいよいよ深く両腕を猪の喉奥めがけて叩き込みにかかったのである。


 するとどうであろう、それまで鬼神も三舎を避けるほど激烈な暴れっぷりを示していた大猪の勢いが、みるみる衰えてゆくではないか。


 動物的な直感で、五郎左衛門はここが勝機とみてとった。恰も一個の弾機に化したが如く、全身をしならせぐい・・と押して押しまくり、ついにはこの四足獣を仰向けに倒してのけたのである。


 マウントポジション――こうなってしまえば勝負ありだ。ほどなく猪は絶命した。


 さて、漸く腕を引き抜いてみると、数々の裂傷はむろんのこと、片方の手からは親指と人差指が失われていた


 鮮血は淋漓として腕を滴り地面を濡らす。


 重症といって差し支えない。


 が、猪本来の咬合力を鑑みれば、指どころか腕を丸ごと割り箸みたく喰い千切れていたはずであり、そうしなかった――否、出来なかったのは、やはり「口に侵入してくるものを噛めない」という例の本能が働いた所為であったろう。


 五郎左衛門は傍らの松の根に腰を下ろし、止血のために砂を傷口になすりつけつつ、


「指は斯様にやられたが」


 驚くやら呆れるやらでなんとも複雑な表情になっている猟師をかえりみ、そんなことを言い出した。


「もしこの指を失うことを恐れて中途で抜き取ろうとすれば、それが此方の油断と化し、却って生命に及ぶところじゃった。指を惜しめば命を落とす危ういところ、つくづくすべからざるは油断じゃのう」


 死線を潜り抜けたばかりというに、その顔はあくまで晴れやかで、笑みさえ浮かべていたという。


 あの時代のさむらいは、大抵皆どこかおかしい。


 大日向五郎左衛門の武名はたちどころに近隣諸国に鳴り響き、時代を超え、戦前の修身本に掲載されるまで至る。

 

 

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(昭和四年『修養全集 八 古今逸話特選集』より)

 


 これは紛れもなく「根止め」であろう。


 惜しむらくは、五郎左衛門がこの原理を解剖せず、「技」として相伝しなかったことか。従って、ただ臆病心を駆逐する訓話としてしか残らなかった。


 とまれ、強きを好むは人のサガ


 大日向五郎左衛門、実に強き漢であった。

 

 

 

 

 


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