穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

夢路紀行抄 ―絡みつく水―

 

 夢を見た。
 プールで泳ぐ夢である。
 屋内型のプールであった。
 幅は、広い。縦横ともに、明らかに五十メートルを超えている。

 

 

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 ところがその広いプールの総てのレーンに先客がいて、私の泳ぐ余地がない。


 誰かが上がり、レーンが空くのを待つべきか?


 いや、駄目だ。そんなまだるっこしいことはしていられない。何故かはまったくわからぬが、今すぐ泳がなくては、泳げることを証明せねばという切迫した気持ちが毒霧の如く私の中に充満していた。


 やむにやまれず、他人のレーンに飛び込んだ。


 バタフライをやってる奴のレーンであった。真っ直ぐだったそいつの軌道が、にわかに歪んで蛇行する気配が伝わってくる。


 だが、そんなことに気を遣ってなどいられない。
 身を投じてみて初めて分かった。


 深い――


 なんと深いのだ、このプールは。
 底の床面が見えない。濃密な群青の深淵が広がるばかりで、ともすれば地獄にまで続いているのではないかとさえ錯覚した。


 恐怖のあまり呼吸が乱れ、つい鼻から水を呑み込んでしまう。
 あわやパニックに陥りかける自分自身を必死に鎮め、平泳ぎで慎重に向こう岸まで泳ぎ渡った。プールサイドから私の背中に「このウスノロが、なにをチンタラしてやがる、さっさとあっちに行きやがれ」と言わんばかりの視線が突き刺さるのを感じたが、知ったことではないだろう。事ここに至っては、生き延びるのが第一だ。


 その後、ロッカールームでも最新のプラズマ式なんちゃらがどうこうとの騒動があった気がするが、正直よく思い出せない。


 目が覚めて、そういえば昔、小学生のころ、市民プールに備え付けられてある滑り台の骨組の部分を潜ろうとして腰がつっかえ、あわや溺死しかけたことを思い出した。


 あのときはめちゃくちゃに暴れる内にうまいこと身体が脱け出たのだが、もしあそこで私が死んでいたなら、また随分と遊具規制の声が高くなったに違いない。


 この出来事はべつだんトラウマにもならず、私はその後も同プールに通い続けた。子供の心は、存外たくましいものだ。

 

 

スイミング・サイエンス: 水泳を科学する

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