穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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祖国の誇り ―アテナイからイギリスへ―

 

アテナイ人には愛国心を教えることを要しない。彼らはただ一目アテネの都を見ることによってこの国に対して恋に陥るであろう」


 ただでさえ偉大であった古代アテネをいよいよ偉大にした男、かの都市国家に繁栄の絶頂を齎せし導き手として人類史に不朽の金字塔を打ち立てた、紛うことなき大政治家――ペリクレスの発言である。


 彼が祖国に対して抱くところの誇りと愛。その二項とが如何に雄大、将に天を衝かんばかりであったか、いとも容易く窺い知れよう。


 しかもその誇り方がまた爽やかで、聞き手に不快な感情をちっとも催させないあたり、名人芸としかいいようがない。彼の演説が二十五世紀を経た今日でもなお色褪せず、欧州政治家の面々からお手本として渇仰され続けている所以がわかろうといういうものである。

 

 

Bust Pericles Chiaramonti

Wikipediaより、ペリクレス) 

 


 ペリクレスの統治下で実現されたアテネ黄金期とはよほどきらびやかであったらしく、史家のトゥキディデスに至っては、


「我等は文明の魁、人類の先駆である。我等のむれに入り、我等の交わりに加わることは、人間として享有し得べき最上の慶福である。我等の勢力範囲に入ることは隷属にあらずして、特権である」


 このような記述を遺してさえいる。
 なんともはや、虹のような意気ではないか。


「特定の国家を贔屓せず、水のように平静な視点から歴史を綴った」と評価されている彼をしてさえこう・・なのだ。


 同時代のアテナイ市民の気分が如何なるものであったのか、おおよそ察しがつくだろう。

 

 

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 実に素晴らしい。征服とは、植民とは、統治とは、これぐらい華やかな心境のもとやるべきだ。


 そうした意味でも、アテネはまったく人類史の手本である。


 手本といえば、のち、デモステネスがみずからの雄弁をみがく一環として、このトゥキディデスの著作物を書写したことは以前に述べた。

 

 

 


 この一節も、おそらくはデモステネスの筆先が書きなぞったことだろう。

 ああまで熱狂的な愛国心の持ち主と化すのも納得である。

 そしてそんなデモステネスの雄弁を、遥かな後年、オックスフォードのとある学生が「発見」し、これに心酔、英訳するわ暗誦するわの岡惚れぶりを発揮するのだ。


 この学生こそ、後に大ピットの名で世に知れ渡る、初代チャタム伯爵、ウィリアム・ピットその人だった。彼もまた、「文明の魁にして人類の先駆である大英帝国の支配圏に組み込まれることは、人間として享有し得べき最上の慶福」と信じつつ、フランスとの熾烈な植民地争奪戦争をやってのけていたのだろうか。

 

 時を超え、受け継がれゆく人の意志。なんと壮大であることか。

 

 

戦史 (中公クラシックス)

戦史 (中公クラシックス)

 

 

 

 


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