穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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日本、弥栄


 日本人の幸福は、その国内に異人種の存在しないことである。


 維新このかた一世紀、外遊を試みた人々が、口を揃えて喋ったことだ。


 鶴見祐輔小林一三、煙山専太郎あたり――「有名どころ」の紀行文を捲ってみても、その・・一点に限っては同じ感慨を共有している。

 

 

小林一三、晩年の姿)

 


 外に出てみて初めて理解わかるありがたみ。――「ヨーロッパに参りますと、同じく財産を沢山持って居り、又社交上の位置も殆ど同じであっても、人種のちがふ為に或者と交らぬとか、或者の言葉は信用せぬとかいふ傾が大分あるやうであります。之は諸国を廻るにつけて何処の国でも私の感じた一つの点であります」とは、明治の末ごろ、中島力造が書いたこと。


 同志社英学校――同志社大学の前身に相当――最初の生徒のひとりであって、明治二十一年度にはイェール大学で哲学博士号を取得った、新興日本の俊才である。その中島が経験に徴して述べるのだ、

 


「今度ヨーロッパに参りまして、日本の有難いことが、一年間旅行して居る間に、私の心の中に毎日浮びました、其の一は、日本と云ふ国が全く一家のやうな風でありまして、異人種の雑居して居らぬ事であります。ヨーロッパの何処の国に参りましても、異った人種が同じ国民の中にある、それ等の異人種は同じ国民であって、同じ教育を受けて居るのでありますが、何につけても調和せぬ、甚だしきに至ると、互に敵視して居るといふやうな状態であることもありまするので、国民の一致といふことが、どうも日本のやうには往って居りませぬ

 


 と。

 

 

Rikizo Nakashima

Wikipediaより、中島力造)

 


 蓋し謹聴に値する。


 一考するに足る価値を、有しているに違いない。


 なんなら後年、ポツダム宣言受諾によって日本を占領した連中も、これは認めていたことだ。フランク・ギブニーは書いている、「日本歴史の下に潜む意味は非常に深大ではあるが、少なくともその焦点をしぼることはできる。実際、日本国民のあいだには異人種はひとりもいない。彼らは一体になっている。その偉大さ、その短所、その希望、その偏屈さにおいても一体である」と、『日本の五人の紳士』に於いて、いみじくも。


 この特性こそ日本が持つ、かけがえのない宝であった。

 

 そして、だからこそ日本の分解、弱体化を狙わんとする勢力は、将来必ずこの単純さを掻き乱し、いたずらに複雑化させようと謀知をはたらかせるだろう。心ある総ての日本人よ、ゆめゆめ注意を怠るな――。


 戦後、独立を回復してからさして時を措かぬ間に、早くもそういう警告を世間に与えた者がいる。


 慶應義塾の小泉信三、その人である。

 


「日本のこの島の上に八千数百万人の同胞が住むことは、随分窮屈で、決して楽なことではありませんけれども、しかし、この日本の国土は、日本人のものであり、日本人のみのものであるということは、吾々にとって真に張り合いのあることであります

 


 坊ちゃん育ちの元総理、ルーピー渾名がきっと誰より相応しい、あの男・・・にでも三唱させたいくだりであった。


 日本列島は日本人だけのもの。当たり前だろうそんなこと。

 

 

Yukio Hatoyama 20220224

Wikipediaより、鳩山由紀夫

 


「…そしてこの狭小の国土に住むものが、人種言語や歴史伝統を異にし、その生活様式を別にする異民族であって、一方の笑うときに他方は泣き、一方の楽しむときに一方は怒るという実状であったならば、果してどうでありましょう。既に今日においてもことさらに階級的利害の衝突を誇張宣伝して、平地に波瀾を起し、強いて好まぬものを促して、日本国民を敵味方に岐れさせようとする言説が行われています。もしこれに加うるに、国内に諸異民族の互に嫉視し軋轢するものがあって、兇険乱を好むともがらがその間に乗じ、煽動を恣にするというようなことが行われたなら、その惨状はどうでありましょう

 


 流石としかいいようがない。


 アカの手口を的確に看破し去ってのけている。


 この男が上皇陛下の教育係でよかったという感慨が、沛然として胸を衝く。福澤も彼を誇りに思うことだろう。おれの人材育成は、確かに成功していたと――。

 

 

 

 

 


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