穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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サイケデリック・ホライズン ―トリップする未開民族―


 大正時代の人間が、いったいどうして、どうやって、どんな経路でこんな知識を仕入れたのだろう。


 度々思うが、今回のはひとしお・・・・である。


 クスリに関することどもだ。


 もちろん「麻」のつく方である。


 柴田桂太が書いていた、ベニテングダケでトリップするロシア人の姿について――。

 

 

2006-10-25 Amanita muscaria crop

Wikipediaより、ベニテングダケ

 


 大正十一年に草された『嗜好品』なる小稿だ。なんでも「之を使用するのは北緯六十度以北のシベリアに住する東部ヤク、サモエード、ツングース、ヤクート、カムチャダールの諸族である」と。


 用法はまず十二分に乾燥させて、幻覚作用を強めたあとにアサマブドウの果汁をふりかけ、掻っ喰らう。「食後忽ち昂奮発揚の状態を呈し、放歌、笑謔、未来を語り、秘密を暴き、空間の観念を失ひ屡々過大の筋力を現はす」がゆえ、祭事にもよく利用されたそうである。


 そんなまさか、毒キノコだぜ――と思ったが。よく考えたら不凍液を蒸留して酒代わりにあおる・・・のが抑々そもそもロシアでなかったか。


 いっときの酔いを得られるのなら、失明の危機もなんのそのな連中である。


 酩酊感の強化のためにビールに殺虫剤をかけ、アフターシェーブローションを一気飲みする彼らなら。あるいはベニテングダケの毒性程度、むしろ可愛い、初心者向けの方やもしれぬ。

 

 

 


 他にもある。


 柴田桂太が披露した、ニッチな麻薬の知識は、だ。


 驚いたことにこの理学士は、ペイヨーテまで知っていた。


 三千年の昔からメキシコ人が愛用してきた、一種の幻覚サボテンだ。土人は之を搗砕き、水に和して飲用し、或は其侭食するのであるが、すると二三日間は全く知覚を失ひ、覚醒の後は放歌し、絶叫し、狂噪する。

 医学的には脈拍の遅緩、瞳孔の散大、色彩絢爛たる幻覚の出現、時間観念の消滅、嘔吐眩暈頭痛等が主要なる症状である」


 説明も実に正確だ。


 ウィリアム・バロウズの体験記とも一致する。

 

 

Lophophora williamsii ies

Wikipediaより、ペイヨーテ)

 


 だがしかし、繰り言になるが、大正時代の環境でペイヨーテの知識など、いったいどうして仕入れたのだろう?


 ネットやテレビは言うまでもなく、ラジオさえも未だ日本には入っていない状況で。情報収集の手段など、極めて限定されているのに。その環境下で柴田はしかも、現代人たる筆者わたしにとってまったく未知の麻薬クスリのことまで書いている。


「ハイチ島や南米アマゾン及びオリノコ河流域の印度種族インディアンに用ゐられてゐるコホバ(Cohoba)又はニヲポ(Niopo)も興味ある嗜好品で、其種子即ち豆を取って粉末となし、Y形の煙管で両鼻孔に吸入するのである。之を吸収すると忽ち泥酔に陥り、放歌乱舞狂態百出、見るに堪へない。彼等はそれを神霊の憑移ったものと信じて居る


 これも確かに実在している品らしい。


 アナデナンテラ・ペレグリナという植物が、どうもそう・・であるようだ。ざっと調べてみたところ、成分に於いてアヤワスカと同じものを幾らか含む。LSDを遥かに超える幻覚作用を持つクスリと、だ。そりゃあ見るに堪えなくもなろう。柴田の記した概要に、何一つとして訂正すべき箇所はない。

 

 百年前に、よくぞここまで。思わず敬服したくなる。

 

 

(『ゴーストリコン ワイルドランズ』より)

 


 …ちょっとそそっかし過ぎるだろうか? 疑念がむくりと頭を擡げ、いいや否、否、さにあらずと即座に自答し押し戻す。


 仰ぎみる対象が多いというのは、人生にとり大なる幸福ではないか。


 これぐらいで丁度いいのだ。少なくとも、わたくし一個に限っては。そのように己を説き伏せた。

 

 

 

 

 


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