穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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芸術家の対人折衝 ―イドラデウスも御照覧あれ―


 ルーベンス


 有名な名だ。


フランダースの犬――ネロとパトラッシュがその絵の下で現世におさらばしたことで、もはや名前ばかりが独り歩きしているような感すら抱く。

 

 

Rubens Self-portrait 1623

Wikipediaより、ルーベンスの自画像)

 


 彼の活躍は十七世紀。壮麗華美なるバロック絵画の雄として、歴史に不動の地歩を占める。存命時からその名声は十分以上に確立されて、ヨーロッパ諸国の王侯にさえ崇拝者を数多持つ――そういう彼の邸宅を、知ってか知らずか、ある日ひとりの錬金術が訪れた。


 最盛期は既に過ぎ去り、崩壊過程をたどりつつはあるものの。それでもなお欧州各地の闇だまりには石を黄金に変えるという、この怪しげな学問の徒がしつこく余命を保ち続けていたらしい。


 最良のパトロン、ルドルフ二世の庇護の夢をもう一度――と。他人の金で飽き果てるほど衣食したい、その一念に衝き動かされ、性懲りもなくこの連中は貴人の耳に物理法則の超越法をひそひそ吹き込み続けていた。

 

 

JosephWright-Alchemist

Wikipediaより、ライト・オブ・ダービー作、「賢者の石を求める錬金術師」)

 


 ルーベンスの前に出たのも、そうした山師の一人と見てます間違いはないだろう。


 お定まりの聴き取りにくい囁き声で彼は言う、我が見出せし錬金術の秘奥秘伝を、貴方にこそお授けしたい――。


 ひとたび頷いたが最後、どうせあれこれ新条件が積み重なるに決まっている申し出に、


「二十年前の私なら、一も二もなく教えてくれと跪いたことでしょう」


 ルーベンスもまた落ち着き払った口ぶりで、こう・・切り返したそうである。

 
「えっ、二十年前?」


「ええ、二十年前なら。あいにくと今の私はもう既に、その方法を知っております」


 そう言って、ルーベンスはやおら利き手を持ち上げた。キャンバス、絵筆、顔料と、仕事道具を次々指差し、


「驚き給うな、私の手がこれらに触れると、たちまち黄金に化すのです」


 この大見得にはさしもの山師も一言もなく、ただ目を白黒させるばかりであった。


 芸術家にも、なかなか世巧者な顔がある。

 

 

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ルーベンス作「サムソンとデリラ」)

 


 お次はミケランジェロにお出まし願おう。


 ルーベンスより一世紀前、ルネサンスの頂点に君臨したこの万能人に関しては、武藤山治が特に詳しく、作品紹介のみならず、多くの逸話を日本社会に持ち込んでくれたものだった。


 うちの一つに、以下の如きものがある。彼専用の論説欄、「思ふまま」に掲載されたものである。

 


 嘗つてイタリーの名工ミケランジェロが、フローレンスの市に建設さるべき英雄ダヴィデの石像彫刻を頼まれた。(中略)大抵の者は何れもその出来栄えを賞讃したが、中に二、三の皮肉屋が居てけち・・をつけた。その一人はミケランジェロに向って、鼻が余りに大きすぎると言った。

 

 

 むろんミケランジェロの手掛けた仕事に、不完全など有り得ない。

 

 

Michelangelo's David 2015

Wikipediaより、ミケランジェロダビデ像

 


 荒木飛呂彦の言を借りれば、「彼は彫りながら運命を見ることができた芸術家」だった。

 


『わたしは大理石を彫刻する時…着想を持たない……
「石」自体がすでに彫るべき形の限界を定めているからだ……
わたしの手はその形を石の中から取り出してやるだけなのだ』

 


 こういう機能をもった男だ。過不足など起しようがないのだと、たちどころに諒解されよう。鼻が大きい? 馬鹿を言え。差し出口を叩くなと、一喝しても赦された。


 ところが現実のミケランジェロときたらどうであろう。この少数意見に逆らうことなく、


「何とか出来ぬものか、ひとつやって見よう」


 重々しく頷いて、鑢を手にし、梯子をかけて像の頭の部分まで、せっせと登りはじめたのである。


 目を疑う光景だった。


 造形神イドラデウスも動顛のあまりのけぞりかねない展開だろう。しかしながらミケランジェロには、顔とはべつに腹の底に真意があった。

 

 

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(『東方鬼形獣』より、埴安神袿姫)

 


 再び『思ふまま』へと還る。

 


 彼は自信のある作とて、一点の欠点もなきことは承知して居たが、兎に角高い所へ登って行って鑢を一生懸命かけて居る風を見せ、同時に自分の外套のポケットに入れておいた石粉を撒き落とした。すると下で見て居た例の皮肉屋の連中は大声で言った。
「だんだん良くなって来た。ウン、それで石像に生命が生まれて来た。大出来々々々」
 とほめそやしたと言ふことである。
 世間に於ける批評の中には、之に類してゐるものが多い。かゝる皮肉屋の批評が力を得て来ると、芸術は段々低下してくる。

 


 武藤山治は鐘紡の、あるいは時事新報の顔として、何十年と世間の矢面に立ち続けた人物だ。


 浴びた批判は数知れず、その中にはどう好意的に解釈しても単なる言いがかりの域を出ない愚論駄言の類とてごまんとあったに違いない。


 なればこそ、クレーマーを巧くあしらってのけたミケランジェロの手並みに対し、激しく感動したのであろう。

 

 

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(武藤三治と磯野長蔵)

 


 芸術家と聞くと世間との付き合い方の下手糞な、ある種の奇人変人めいた先入観をついつい抱いてしまいがちだが、ルーベンスミケランジェロを見る限り、なかなかどうして侮り難い。

 

 

 

 

 


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