穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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明治二十年の外道祭文


 非常に意外な感がする。


 まさか天下の『時事新報』に、キチガイ地獄外道祭文」を発見するとは。


 不意打ちもいいとこ、予想だにせぬ遭遇だった。

 

 

 


 明治二十年三月三日の記事である、

 


西洋諸国にては遺産相続の際などに、一方の窺覦きゆ者が他の相続人を癲狂者なりと言ひふらし、医師に嘱して其の癲狂者なりとの診断書を作らしめ、斯くて無理に入檻させ置くその中に、遂に真の癲狂病に罹るの事例少なからず。弊害の容易ならざるものと言ふ可し」

 


 どうであろう、チャカポコチャカポコの不吉なリズムが鼓膜を打ちはしないだろうか。


 いや、絶対に打つ。日本三大奇書が一、ドグラ・マグラを読んだ者なら必ず幻聴に見舞われる。筆者にしてそう・・なった。どうみてもこれは夢野久作渾身の、奇矯歌にて表現された世界そのままではないか。

 


「そこでかように精神病の。原因が何やら解らぬとこから。出来た迷信邪法を使って。悪い事する奴等が出て来た。しかもよっぽど悧巧な奴等じゃ。物の怨みや嫉妬や毛嫌い。または政敵、商売讐仇がたきと。道理外れた憎しみそねみで。きゃつが邪魔だと思うたあげくが。何のおぼえもない人間をば。巫女や坊主や役人輩に。賄賂使うて引っ括らせます。有無を言わさずキチガイ扱い。国の掟の死刑にさせます。軽いところで牢屋の住居じゃ(中略)
 世界の歴史を調べてみますと。高い身分や爵位や名誉じゃ。または財産、領地の引継ぎ。女出入りや跡取り世取りの。お家騒動、内輪のもめから。邪魔な相手を片づけたさに。こうした手段を使った実例ためしが。チラリチラリと残っております」

 


 つまりは、この、これである。


 何の気なしにページを捲って、コレが出て来た衝撃たるや、もう、もはや――あぐらをかいたままの姿勢で、三十センチも飛び上がるほど驚いた。


 割と久方ぶりである、紙面を通して、ここまで強く情感を揺さぶられたのは――。

 

 

(viprpg『ドクターケーツー』より)

 


 記事の書き手は、なんとなんとの福澤諭吉。彼の知識の発達ぶりはまさに縦横無尽であって、世間の意外な暗部にも、しっかりと根を張っている。博覧強記の四文字は、こいつの為にあるんじゃないか。一万円の代名詞にまでなった男は、流石に伊達でないらしい。


 そういえば福澤諭吉には、文久二年の訪英の際、癲狂院を視察に行った経験ためしがあった。


 そこで彼はヴィクトリア女王暗殺を企て、あえなく失敗、ぶち込まれた患者を視ている。


『西航記』にその旨詳しく載っている、

 


「此院は発狂人を療治するのみならず、或は狂心にて火を放ち、家を焼き、或は人を殺せる者等、皆此院に入れ終身外に出るを許さず。本日此類の狂人三名を見る。一人は女王を殺さんとし、一人は其父を殺せり。一婦人あり、自から三子を殺せりと云」

 


 と。


「人に歴史あり」とは、つまりこういうことなのか。

 

 

 


 浮世は茶番狂言の如し、楽屋は則ち虚無に在り。真相仮相能く味ふて得る所ある可し――。


 福澤諭吉は濃い人生を送ったやつだ。


 それだけはどうも、疑いがない。

 

 

 

 

 


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