穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

読書

ムッソリーニの大誤算 ―ギリシャ・イタリア戦争の内幕―

ギリシャは海運で栄えた国である。 国内にこれといって見るべき産業を持たない彼の国が、それでも富を求めるならばそれ以外の選択肢はなかったろう。『アサシンクリード オデッセイ』中で描かれたように、遥か紀元前の古代から優れた造船技術を有し、美しき…

預言者郷里に容れられず ―クリスマスに因んだ小噺―

折角のクリスマス・イヴである。 清しこの夜にあやかって、イエス・キリストにまつわる小噺でもさせてもらおう。 イエス様が神の子たる自分自身を発見し、この地上を救済すべく方々で奇蹟をふるまいながら伝道に努めていた頃のこと。彼の足は、たまたま生ま…

原田実、英国にて舌禍事件を目撃す ―「世界中で最も立派な国である」―

その少女の作文は、同時期に発表された如何なる英国文学の大論文より甚だしく世を揺さぶったと評された。 1935年5月16日、マンチェスターのセント・ポール女学校に通うモード・メイスンなる13歳の一生徒が、皇帝戴冠25周年を記念するため出題された、「我が…

原田実という男 ―世界に誇る日本人―

立ち読み中にふと目についた、 ――自分の経て来た生涯のどの部分を顧みても愉快に率直に過ごせたとは思へない という一文に惹かれた。 いかにも私好みの、厭世的な香りがする。 それがこの、昭和十六年刊行、原田実著『閑窓記』を購入した主因であった。 果た…

身を焼くフェチズム、細胞の罪

1911年、英国ロンドンにたたずむセント・メリー病院に、一人の女性が駆け込んだ。 頻りに胃の不快感を訴える彼女を診察してみると、確かに腹の上部に於いて、異様な手応えの瘤がある。 早々と手術の日取りが決まり、いざ腹腔を開いてみると、予想だにしない…

文明開化珍談二種

明治初頭、急激に押し寄せた文明開化の大波に人心がとても追随しきれず、結果数多くの狂態が――病院のベッドを実見した民衆が、これは人間を丸焼きにして「毛唐ども」に喰わせる装置に違いないと思い込み、積極的自衛策として先に病院に火を放つ、といったよ…

偉人にまつわる紫煙の逸話

イングランドの大哲学者、トマス・ホッブズは非常なタバコ好きでもあった。 彼の仕事机の上には、常に十二本のパイプが並べられていたという。ペンを取るより先に、これらパイプにタバコの葉を詰めるのが、いわば彼の日課であった。 つまり物を書いている最…

生臭坊主の化け医者遊び

織田信長が比叡山を焼き討ちした際、突き殺されて炎の中に投げ込まれた死体の中に、数百の女子供が混じっていたのは有名な話だ。 多くの聖域がそう(・・)であるように、王城の鬼門封じに相当する至高至尊のこの巨刹にも、女人禁制の結界が張られているはず…

夢路紀行抄 ―葦名流 対 二天一流―

夢を見た。 『隻狼』の葦名一心と、『刃牙道』の宮本武蔵が立ち合う夢だ。 どうしてそうなったか、経緯についてはよく憶えていない。 確か私の夢世界では武蔵は一心の食客で、彼の屋敷で起居する身分であったのだ。 その武蔵がふとしたことから同じ食客の一…

実在した秘技「根止め」 ―大日向五郎左衛門の勇―

夢枕獏原作、板垣恵介作画の傑作格闘漫画『餓狼伝』には「根止め」なる特異な技が登場する。 古武道・拳心流の秘技として位置付けられるこの技は、対手の口中深くにまで拳を突っ込み気管を塞ぎ、窒息せしめるという殺人技で、同流派の八代目師範・三戸部弥吉…

匣の中の娘たち

アニメ『魍魎の匣』を視聴したときの衝撃は、今でもはっきり思い起こせる。 なにしろのっけから箱詰めにされた美少女の生首が登場するのだ。ましてやその生首の眼がくるくる動き、唇を開いて声さえ発する――生きているとあっては、度肝を抜かれぬわけにはいか…

都都逸撰集

赤い顔してお酒を呑んで今朝の勘定で蒼くなる 人の営みの普遍性に感じ入るのはこういうときだ。人間とは似たような愚行を性懲りもなく重ねつつ、歴史を編んでゆくものらしい。 人情の機微を赤裸々に、しかも陽気に表現する術として、都都逸(どどいつ)は川…

野球に熱狂するひとびと ―戦前戦後で変わらぬ熱気―

一 戦運我れに拙くて無残や敵に屠られぬつづみを収め旗を巻き悄然として力なくいくさの庭を退(しりぞ)きし今日の悲憤を如何にせむ。 一見軍歌か何かのような印象を受けるが、これは紛うことなき野球の歌だ。 戦前、東大内部のリーグ戦に於いて不敗を誇った…

不義密通の報い也 ―火刑、八つ裂き、生き晒し―

時は中世ヨーロッパ。愛妻家で知られたとある貴族は、しかし妻の浮気を知るに及んでそれまでの性情を一変させた。 彼は妻を捕らえると、その歯を一本残らず引き抜いて、治療もせずに壁の中のわずかな隙間に監禁し、そのまま死ぬまで放置したのだ。 身じろぎ…

毒の不思議な魅力について ―ストリキニーネ、及びクラーレ―

世にも不幸なその事故は、1896年、イギリスに於いて発生した。 今でいう製薬会社に勤務する一社員が、薬瓶のラベルを貼り間違えてしまったのである。 それも風邪・頭痛薬として広く用いられていたフェナセチンと、劇薬たるストリキニーネのラベルを、だ。 こ…

伊賀の国の「三百祝い」

伊賀の国に「三百祝い」なる古俗がある。 兄弟姉妹の年齢を合算してその数「三百」に達すると、酒肴を用意し一門の古老を賓客として招待し、しめやかな宴を開くのだ。 単純だが、この条件を満たすのは、なかなか容易なことでない。 昔は平均寿命の短さから、…

迷信百科 ―インド今昔殺人奇譚―

つい先日、インド東部の某村で一家四人が撲殺されるという事件が起き、しかもそれが「村の災いの元凶はあの一家」とまじない師に告げられて、押しかけた十数人の村人達による犯行だったという事で、そのあんまりにもな奇抜さから一部ネット界隈を騒がせた。 …

夢のニカラグア運河

私が「ニカラグア」の名を知ったのは、PSPのゲームソフト、『メタルギアソリッド ピースウォーカー』がきっかけである。 知っての通りこの作品にはソモサ政権(ニカラグアを四十三年に亘って支配し続けた独裁政権)の打倒を目指し、コスタリカで活動を続ける…

一八五四年、幻の琉球占領 ―紙一重の歴史―

開国以来、多くの日本人がアメリカ合衆国を訪れた。 留学なり、観光なり、事業なり、その動機はまちまちだ。やがて時代が下って来ると、彼の地で演説ないし講演を行う日本人とてちらほら現れるようになる。 そんなとき、劈頭一番、彼ら弁士が話のすべりをよ…

吉村九一の見た「人食い族」

『南洋狩猟の旅』に描かれているのは吉村九一と猛獣たちとの、狩るか狩られるかの壮絶な闘争ばかりではない。 舞台となった南洋の島々――そこに生きる、所謂原住民たちの暮らしぶりの描写にも、少なからぬ紙面を割いているのだ。 中でもかつての人食い族、ニ…

アミアンのピーター ―Peter of Amiens―

またの名を、「隠者ピエール」。 なにやらダークソウルにでも登場しそうな名乗りだが、歴とした実在の人物である。 ある意味で、中世ヨーロッパ屈指の弁舌家といっていい。 なにしろ彼は、あの(・・)十字軍の先導者だ。 およそ200年にも及ぶ、聖地奪還を大…

デモステネスの大雄弁 ―下・その最期―

デモステネスとは、いったい何者なのだろうか。 崩れ落ちんとする前時代の社稷を支えたいが一心で、物狂いしたように叫びまわり駈けまわり、あくまでも新体制を拒絶する――。 狂瀾を既倒に廻らさんと憑かれたように足掻いてのける、この種の保守的情熱の持ち…

デモステネスの大雄弁 ―中・信念編―

他の一切を犠牲にし、我が身の骨すら縮めるような、これらおそるべき修練の跡から後世の批評家たちの中にはデモステネスを天才と認めず、ただひたすらな努力の人と論断した者とて少なくない。 だが、才能とは持続する情熱のことを言うであろう。 その観測に…

デモステネスの大雄弁 ―上・修練編―

ギリシャ文学の研究がホメロスを抜きにしては成り立たぬように、当時の雄弁を語る上で、どうしても避けて通れぬ名前がある。 デモステネスがそれである。 (Wikipediaより、デモステネスの胸像) この男がアテネの生んだ最大の雄弁家であることは間違いない…

春月による「自然愛」分析

感傷の詩人・生田春月は自然愛の源を大きく二つに分けている。厭離の心と、人間憎悪だ。 厭離の心は、人間憎悪の心では決してない。けれど、自然愛は、人間憎悪の反動である場合もある。例へば、バイロンの如きである。そして、西洋の詩人には、この方がむし…

「いよいよ敗戦国らしくなってきた」 ―二つの「戦後」を見た男たち―

大東亜戦争の激化につれて上野動物園で飼育されていた猛獣たちが殺処分を受けたことは、土家由岐夫の『かわいそうなぞう』等によって有名だが、同様の事態は欧州大戦当時のドイツに於いても起きていた。 貴族院勅選議員、大阪商工会議所会頭、稲畑勝太郎がそ…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―後編・下―

やや話は脇道に逸れるが、この杉山の観測とよく似たモノを抱いていた人物を思い出したので触れておきたい。 「日本資本主義の父」、渋沢栄一その人である。 (Wikipediaより、渋沢栄一) 上記の異名をとるだけあって、渋沢は大日本帝国の資本主義的能力を極…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―後編・上―

長州人で「桂」と聞くとどうしても、桂小五郎――木戸孝允――の名前の方がまず浮かぶ。 (Wikipediaより、木戸孝允) 晦渋な顔をした男である。 このイメージが先行するあまり、ともすればもう一人の「桂」の方とごっちゃになって、太郎(・・)を小五郎(・・…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―中編―

「軍備は無論装飾である、但し美術的に於てでなく、威力的に於て装飾である」 明治三十四年刊行の、橋亭主人著『兵営百話』に於ける一節である。 模範的といっていい。少なくとも近代国家に於て、「軍」とは斯くの如き位置付けを受けるべきものだ。 伊藤博文…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―前編―

裏面に杉山茂丸の策動があったとされる事件・政変の類はまったく枚挙にいとまがないが、わけても特に大規模であり有名なのは、やはり児玉源太郎・桂太郎と手を組んで、日本の前途を、やがて対露戦争へと至らしめるべく導いてのけた政治劇の一幕だろう。 満洲…