穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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読書

夢路紀行抄 ―地下に轟く稲光―

夢を見た。 雷の鳴る夢である。 私は階段を下りていた。 幅は狭い。おちおち両手を広げることも叶わない。 手すりもなく、バリアフリーなど思いもよらぬ旧態然とした造り。照明は薄く緑がかって、左右の壁にビッシリ描かれた落書きを、文字とも模様ともつか…

大盛況の襤褸着貸し ―裏道をゆく気持ちよさ―

金を払わず医者にかかれるということは、それ自体がもう既に、一つの快事であるらしい。 そのむかし、三井財閥が東京市の一角に開設した慈善病院。 社会的に恵まれない人々――有り体に言えば貧困層に対しては代価を求めることなしに、無料で診て差し上げまし…

男のサガは ―軍国少年小泉信三―

私の小学生時代。同じクラスに、重度のガンダムファンが居た。 本編を視聴(み)て、ガンプラを組む程度のことでは到底満足しきれない。彼の熱狂ぶりたるや、十やそこらの子供の域を遥かに超えて、ほとんど大人顔負けの、堂に入ったものがあり――例えばモビル…

今に通ずる古人の言葉 ―「正史ならぬ物語は総て面白きが宜し」―

楚人冠がこんなことを書いていた。 物の味といふものは、側に旨がって食ふ奴があると、次第にそれに引き込まれて、段々旨くなって来るもので、そんな風に次第に養成(カルチベート)されて来た味は、初から飛びつく程旨かったものゝ味よりも味(あじはひ)が…

鮎川義介の長寿法 ―建国の 礎となれ とこしへに―

誰もが永遠に憧れる。 (『東方虹龍洞』より) 不老不死は人類最高の夢の一つだ。「それにしても一日でも長く生きたい、そして最後の瞬間まで筆を執りたい」。下村海南の慨嘆はまったく正しい。生きれるものなら二百年でも三百年でも生きてみたい。かてて加…

福澤諭吉と山崎闇斎 ―「孟子なりとも孔子なりとも遠慮に及ばず」―

山崎闇斎の知名度は、目下どの程度の位置にあるのか。 百年前と引き比べ、著しく低下したことだけは疑いがない。その当時、彼が説いた「孔孟の道」は日本人が当然もつべき心構えの一つとされて、小学校の教科書にさえ載っており、ごくありきたりな「常識」と…

流石々々の紳士道 ―英国人の賭博好き―

イギリス人は賭博を愛す。 目まぐるしく廻る運命の輪、曖昧化する天国と地獄の境界線、伸るか反るかの過激なスリル。その妙味を愉しめぬようなやつばら(・・・・)風情に紳士を名乗る資格はないと、本気で考えている節がある。 「あの連中の競馬好きは度を…

夢の分解 ―小氷期を希う―

夢を見た。 北海道の夢である。 かの試される大地の上を、北条沙都子と古手梨花――『ひぐらしのなく頃に』の主要登場人物二名がバイクに乗って突っ走ってる様を見た。 互いに成長した姿であること、言うまでもない。 バイクは一台。運転する沙都子の腰を梨花…

親バカ諭吉 ―「子供は先生のアキレス腱」―

昨夜炉辺談笑親病床今日看酸辛家門多福君休道吾羨世間無子人 福澤諭吉の詩である。 書き下しは、 昨夜は炉辺に談笑親しかりし 病床に今日は酸辛を看る家門多福なりと君いふを休(や)めよ吾は羨む世間の子なき人を およそこのような具合いになるか。 明治二…

知の巨人の奇妙な旅行

紀行文を読んでいるとどうしても、小泉信三を思い出す。 慶応義塾出身の経済学者で、平成天皇、すなわち現在の上皇陛下の教育役にあずかりもしたこの男には、しかしながら奇癖があった。 それは正月三が日の間じゅう、雲隠れをきめ込むという癖である。 だい…

支えと為すは

停滞からの脱出法は人それぞれだ。 なんべん書き直してみせたところで出来上がるのはつまらぬ文章、まるで実感の籠もらぬ表現。記事作製が遅々として進まぬ窮地に陥り、自己嫌悪が募ってくると、私はいっそ腰を上げ、モニタを離れて部屋の中をぐるぐる歩きま…

「無敵の人」を如何にせむ ―情けは人の為ならず―

明治から大正へ、元号が移り替わらんとしていた時分。 東京市の一角で、菓子商人が殺された。 犯人は、被害者の店の元職工。戦後恐慌――日露戦争で賠償金が取れなかったことに起因する、所謂明治四十年恐慌――の煽りを喰っての業績悪化に対処するため切られた…

南溟の悲愴 ―オランダ人の執拗さ―

彼の運命は哀れをとどめた。 ボルネオ島バンジャルマシンでビリヤード店を経営していた日本人の青年で、西荻(にしおぎ)という、かなり珍しい姓を持つ。 下の名前はわからない。 いつもの通り、「某」の文字で代用しよう。 さて、この西荻青年の店の扉を。 …

跳躍するアングロサクソン ―真の闘争の血液を―

世界大戦中の話だ。 アメリカのとある工場が、深刻な人手不足に陥った。 そこは軍にとって極めて大事な、有り体に言えば軍需工場の一つであって、機能不全を来すなど、到底認められる事態ではない。大至急、穴を埋めねばならなかった。必要とされる人的資源…

寸鉄人を刺したもの ―皮肉の達人、英国人―

スランプである。 伝えたいことは山ほどあるのに、どうもうまく言語化できない。 喉元あたりでひっかかる。 もどかしさに頭皮を掻き破りたくなってくる。 五月病の一種だろうか? 私が好む季節というのは秋から冬にかけてであって、春と夏とは苦手な性質(た…

謎の元勲・山縣有朋

伊藤公はネタの尽きない方である。 これは伝統的にそう(・・)なのであって、明治時代の新聞記者は三面記事に悩むと直ぐにこの「今太閤」を担ぎ出し、その私生活を赤裸々に暴いて悪口を吐き、ヤレヤレこれでシメキリ破りの罪を犯さず済んだワイとほっと胸を…

釈迦が中道を説いたワケ ―山上曹源の見たインド―

「釈迦がどうしてあれほどまでに中道の徳を熱弁したか理解した」 斯く述べたのは山上曹源。霊岳を号する曹洞宗の僧であり、学究の才すこぶる厚く、第十三代駒澤大学学長の座に着いた者。 「およそインド人ほどに、両極端に突っ走りたがる民族というのもない…

代替可能な多数の凡人 ―講談社という企業について―

発行部数が百万を超える雑誌なぞ、あの何事も派手にやらねば気の済まぬアメリカならではの現象である。国土も人心もせせこましい大和島根でそんなことを望むのは、はっきりいって痴人の寝言、木に縁って魚を求むるが如き、どだい無理な註文よ。―― そうした引…

「男の世界」に手を伸ばす ―この閉塞から脱却を―

「野間の相手は疲れる」との評判だった。 この「雑誌王」と碁盤を挟むと、とにかく猛然と攻め立ててくる。外交交渉も準備工作もありゃしない。開幕早々、まっしぐらに石をぶつけて、火を噴くような大殺陣に否応なしにもつれ込む。 王よりも、単騎駆けの武者…

「紙漉唄」私的撰集

令和三年の太陽が、二回昇って二度落ちた。 冷たく冴え徹った蒼天に、鮮やかな軌跡を描いていった。 新年の感慨、意気込みの表し方は人それぞれだ。清新の気を筆にふくませ、書初めを嗜む方とて少なからず居るだろう。 故に私も趣向を凝らす。和紙に纏わる詩…

半世紀後の大都会 ―『サイバーパンク2077』をプレイして―

『サイバーパンク2077』が面白い。熱中し過ぎて、ブログに廻す気力さえ、ともすれば残らなくなりそうだ。 陰謀、暴力、裏切り、堕落――物語の舞台となるナイトシティは混沌たるエネルギーに満たされきった都市であり、その点極めて魅力的な場所である。 街を…

アジア主義者の肝試し ―京橋区の幽霊旅館―

毒が残っているやも知れない、素人捌きのフグ鍋を、好んで囲んだ江戸っ子のように。 あるいは狭い室内で、無数の兎を撃ちまくり、点数を競った仏人のように。 男というのは度胸試しが好きでたまらぬいきものだ。 (長谷川哲也『ナポレオン ―覇道進撃―』1巻)…

福澤諭吉の戦争協力 ―『日本臣民の覚悟』―

引き続き、『学府と学風』に関して記す。 前回は書き込みばかりで少しも内容に触れられなかった。 今回はここを補ってみたい。 本書の中で小泉は、よく日清戦争の当時に於いて福澤諭吉が如何な態度を示したかを引き合いに出す。現在進行形で支那を相手に戦火…

ジョン・ラスキンのシェイクスピア評

セシル・ローズの恩師に当たるジョン・ラスキンは、あるときシェイクスピアの作品群を批評して、 「碌な男がいない。この中にはただの一人も、大丈夫がいないのだ」 と吐き捨てた。 (Wikipediaより、ジョン・ラスキン) ラスキンの眼光にかかれば、たとえば…

大切小切ものがたり・後編 ―その始末―

慈悲に縋ろうとした。 だが拒絶された。 ならば力に訴えて、無理矢理にでも然諾を引き出すより他にない。 (先祖代々、我らはそうして生きて来たのだ) それを想うと、血が酒に変わるほどのくるめきを感じる。 甘美な陶酔というものだろう。この陶酔は、家を…

浜名湖小話 ―「ゆるキャン△」二期に向けての予習―

日に日に機会が増えている。 『ゆるキャン△』アニメ二期の広告を目にする機会が、だ。 漫画で予習は済んでいる。一期が思い切りツボに嵌ったいきがかり上、手を出さずにはいられなかった。アニメから原作にポロロッカする、典型的な例であろう。 就中、五巻…

隼の特攻 ―占守島血戦綺譚―

三十余年を過ぎてなお、その情景は細川親文軍医のまぶたに色鮮やかに焼き付いていた。 敗戦の前日、昭和二十年八月十四日の朝早く。彼の勤める第十八野戦兵器廠チチハル本部の営門に、魔のように飛び込んだ影がある。 将校一人と兵卒三人、いずれも埃まみれ…

平岡熙ものがたり ―巾着切りか大老か―

大正帝が未だ明宮(はるのみや)殿下と呼ばれていた年少の折。 御巡覧あそばされた鉄道局にて、特に脚を留め置かれた一室があった。 その部屋には、未来(・・)が溢れていたのである。日本どころか米国にも未だ存在しないであろう、新発想の機関車・客車・…

三四半世紀 ―75年目―

八月十五日である。 多くは語るまい。 ただ、この日にこそ開くに相応しい本がある。 以下を縁(よすが)に、共に先人を偲んでくれればありがたい。 身はたとえ南の孤島に朽ちるとも永久に護らん神州の空義烈空挺隊 新藤勝 何時征くか何時散るのかは知らねど…

迷信百科 ―古銭の魔力―

いくらお金(かね)がありがたいモノだからといって、一万円札を刻んで炊いて粥にして喰えば頭脳(あたま)の回りが良くなると、本気で信じる馬鹿はいない。 そんなことをしても福澤諭吉の天才に肖(あやか)れるわけがないであろう。敢えて論ずるまでもない…