穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2023-01-01から1年間の記事一覧

蜜月関係 ―技術と戦争―

南阿戦争の期間中、英軍は補給に一計を案じた。 真空乾燥器の活用である。 蔬菜類をこの機械にぶち込んで、水分という水分を除去、体積の大幅な縮小と長期保存に便ならしめた代物を、前線めがけてどっと送り込んだのだ。 (Wikipediaより、ボーア戦争) 今で…

夏の読みもの

大東亜戦争の真っ只中に陸軍将校が書いた本を読んでいる。 昭和十七年、大場弥平著『われ等の新兵器』が、すなわちそれ(・・)だ。 表紙を捲ってものの十秒、早くも序文の段階で、 「竹槍」 の二文字が目に入り、わけもなく苦笑させられた。 (Wikipediaよ…

降る星の神秘

「勝浦郡生比奈村星谷には岩窟の中に仏像の彫ってある星の窟といふがあり、昔、星が隕(お)ちたのを此の岩で掩ふたのである」――。 前回に引き続き、加藤咄堂『日本風俗志』よりの抜粋である。 語感から何から、脳を震わせてくれること、抜群な話ではないか…

土佐の無人販売所

四国は高知県内の良心市の習俗は、昭和どころか大正中期の段階で、既に評判になっている。 左様、良心市。 無人販売所と言い換えてもよい。 (Wikipediaより、良心市) 掘っ立て小屋の屋根の下、籠なり笊なり何なりに野菜や果実を盛り上げて、手書きの値札と…

幽魂鬼哭 ―母と子と―

躊躇していたネタを書く。 迂闊に触れると妙な団体を刺激しそうで「壺」に封印していたのだが、客観視するとどうだろう、そういう自分が如何にもなにか物に怯えて縮こまっているようで、薄みっともなく姑息でまた情けなく、真夏の暑さも手伝って、積もり積も…

藩政小話 ―南部盛岡馬市場―

毎年八月晩夏のみぎりに達すると、南部盛岡城下の街は俄かに騒がしさを増して、士農工商のべつなく誰も彼もが気忙しそうに動き出す。 江戸から客が来るためだ。 「将軍家用馬買上」のため、白河関をくぐり抜け、日本列島の上半身をはるばると、公儀役人の一…

暑気払いの私的撰集

詩歌の蓄積が相当量に及びつつある。 ここらでまとめて放出したいが、なにぶん折からの猛暑であろう、見事に脳が茹だりはじめた。 頭蓋の中で創意が融ける音がする。 お蔭でロクな前口上も浮かばない。エエイまだるっこしい、こんなところで何時までも足止め…

今昔星条旗 ―増田義一の北米紀行―

北米大陸を視察して、増田義一がしみじみ感じた必要性は、一刻も早く日本のあらゆる店舗から、「いらっしゃいませ」と「何をお求めですか」とを分離せねばならないということだった。 アメリカでも店に入ると「いらっしゃいませ」が飛んでくる。 しかし九分…

大和魂ここにあり

平山蘆江が日本婦人の襟足讃美を展開すると、高田義一郎がこれに和し、水着に於けるチラリズムとセクシー主義の相克を力いっぱい物語る。 いきなりなんだ、と思われるかも知れないが。昭和十六年という日米大戦の瀬戸際で、本邦有数の文化人らが実際に演じた…

石川県の犬の群れ

そのころ官途に在る者の威勢ときたら馬鹿々々しいまでであり、鼻息だけでどんな巨漢も吹き飛びそうで、維新政府の殿堂は、一朝にして天狗の巣穴と化した観すら確かにあったといっていい。 わけても明治十六年、県令として石川県に繰り込んできた男など、その…

貫き徹す男ども

グラッドストンは意志の強い男であった。 一度正しいと信じたことは決して曲げない。全国民から反対意見を突き付けられても、あくまで初志を貫き通す、孤軍奮闘をものともしない勇猛心の持ち主だった。 (Wikipediaより、グラッドストン) ――自我のみを愛し…

戦場の狼、政界の豚

「戦場での猪武者が、政治の庭では豚野郎に堕しおった」 九郎判官義経という国民的偶像を、ここまで情け容赦なくこき下ろすやつも珍しい。 三宅雪嶺、昭和十四年の言だった。 (Wikipediaより、三宅雪嶺) 「あいつはいったい、何をメソメソ、腰越状なぞ書い…

ハイ・ボルテージ

『ARMORED CORE Ⅵ FIRES OF RUBICON』の戦闘メカ(AC)は、麻薬性の物質を燃料として駆動すると耳にした。 なんなんだその世界観、魅力的にも程がある。昂り過ぎてどうにかなっちまいそうだ。素敵滅法界なこと、掛け値なしな舞台背景。今すぐ全てを焼き払い…

サムライ×シャーク ―洋上の試刀―

人間、暇が嵩じると、その単調を破るため、とんだ(・・・)遊びを仕出かしたがる。 退屈の蓄積量に従って、「遊び」の規模や突拍子なさが倍加する。 海の荒くれ野郎にとって、鮫は格好の玩具であった。 旧海軍の士官等は、あまりに無聊を託ち過ぎるとこいつ…

旅愁雑考 ―道、遙かなり―

旅の楽しみとはなんだ? 見たこともないものを目の当たりにし、味わったことのないものを舌の上に乗せること、どれほど雄渾な想像力を以ってしてでも追っつかぬ、「リアル」に圧倒されること、総じて未知に触れること。世界観を拡張される快さ――とどのつまり…

マガキ、あるいはパシフィック

金井平兵衛は広島の牡蠣商人である。 明治三十五年、神戸在住のアメリカ人から発注を受け、合衆国に広島牡蠣を輸出した。 すると翌年、またもや同じ業者から、牡蠣を頼むと注文が。 (お気に召したか) ウチの牡蠣の品質は独り内国のみならず、舞台を「世界…

露人去りて後

ベーリング海は魚族の宝庫だ。 汽船どころか帆船時代に於いてさえ、四十五万三千三百五十六匹の鱈を獲った船がある。 彼女の名前――どういう次第か、フネは往々、女性人格を附与される――は、ソフィ・クリステンセン号。総計五ヶ月、出漁しての成果であった。 …

テラインコグニタ ―合衆国の北西部―

日本の鉄道運行が時刻表に極めて忠実なることは、戦前すでに定評があった。 一九三〇年代半ばごろ、この島国を旅行したエドワード・ウェーバー・アレンというアメリカ人が書いている、 「日本の汽車は特色がある。 狭軌で、遅く、国有経営である。たまには臭…

湯治古話

「入浴の際、殊に貧血衰弱者は、凡そ盃半杯の醤油に、番茶五六勺を注ぐか、又は生鶏卵一個を割りて、稍々多目に醤油を入れたるものを飲みて入浴すれば浴後疲労を覚えず」 陸軍軍医で栄養学にも造詣深き明治人、石塚左玄の案出せし養生法だ。 つい先日、サウ…

タイプライター全盛期 ―三越専務の見たシカゴ―

紀行文は好きなジャンルだ。 旅はいい(・・)。自分でゆくのは当然のこと、他人(ひと)の話を謹聴するも、また楽し。 最近読んだ部類では、昭和六年刊行の『商心遍路』がまず秀逸な出来だった。 著者の名前は小田久太郎。浮世の肩書き、三越専務。三井王国…

シカゴ夜話 ―屠殺街―

シカゴは屠殺場の街。 牛・豚・羊――合衆国にて飼養される家畜類の大半は、鉄道ないし水利によって一旦ここに集められ、食肉に加工された後、再び散って国じゅうの食卓に載せられる。それが二十世紀前半の、日本人の偽らざる認識だった。 実際問題、そういう…

唯一、霧散を逃れしは

ここ最近、熊が人を襲うニュースを立て続けに耳にしたからに違いない。 「娘のGPS反応を熊の巣穴で見つけちまった母親みたいな顔だぜ」と、こういうセリフをつい今朝方の夢の中でかけられた。 他の内容は起床と共に霧散して、全部忘れてしまったが、この比喩…

言葉は霊だ ―国字尊重の弁士たち―

『雄弁と文章』『新雄弁道』『勧誘と処世』『交渉応対 座談術』――。 神保町を駈けずり廻り、購(あがな)い積んだ大日本帝国時代の演説指南書。 甚だしく日焼けして甘い香りすら仄かに漂うページを捲り、ざっと通読した限り。どの「流派」にも等しく伝わる「…

黄河にて

日本に於いて黄砂が観測されるのは、三月から五月にかけてが通常であり、わけてもだいたい四月を目処にピークがやってくるという。 が、それはあくまで海を隔てた、この島国に限った常識(はなし)。 黄砂の供給源である大陸本土に至っては、だいぶ事情を異…

あゝ満鉄

日高明義は満鉄社員だ。 実に筆まめな男でもある。 連日連夜、どれほど多忙な業務の中に在ろうとも、僅かな時間の隙間を見つけて日記に心象(こころ)を綴り続けた。 それは昭和十二年七月七日、盧溝橋に銃声木霊し、大陸全土が戦火の坩堝と化して以降も変わ…

甲州人よ、何処へゆく

この程度の記事、いつもなら、一回読んだらそれっきり、ここに取り上げるまでもなく、記憶の隅に放置だが――。 同郷の不始末とあってはそうもいくまい。一定の注意を払う必要がある。明治十一年一月十一日の『朝野新聞』に、それは掲載されている。 通三丁目…

意外録

原書に触れろと、大学で教授に訓戒された。 『古事記』でも『徒然草』でも『五輪書』でもなんでもいい。教科書で名ばかり暗記して知った気になっている名著、学生の身である内に、それらを可能な限り読め。自分の瞳と感性で、独立の評価を樹(た)ててみろ、…

第二次大戦ひろい読み

一九四一年、レンドリース法、議会を通過。 この一報が電波に乗って日本国に伝わるや、日頃「米国通」を以って任ずる一部の言論人たちに、尋常ならざる波紋が起きた。 震撼したといっていい。 就中、鶴見祐輔に至っては、同年五月に寄稿した「ルーズヴェルト…

ひいばあちゃんの知恵袋・後編

頭は冷えた。 再開しよう。 〇鋸屑(おがくず)を濡らして固く搾り、箱に入れて、伊勢海老をその中に埋め、暗いところにおくと、一週間くらゐは、生きたまま保たせることができます。新年など、かうしておくと重宝です。 冷蔵技術の未熟な時代の工夫であった…

ひいばあちゃんの知恵袋・前編

――ランプの輝度を上げるには。 「最も純粋の固いパラフィン二分と、純粋の鯨蝋一分と混じ、此混和物を石油に加へて使用すれば、消費量を増さずして、著しく光量を増すの効能があります、さうして此の混和物〇、三グラムは〇、五リットル容れのランプに於て、…