吉江
早稲田大学に教鞭を執る仁である。
留学から帰ったばかりのこの人が、面白いことを言っていた。大正九年の秋に於いての御講義だ。
テーマはズバリ、「フランスの人口政策について」。
その身を以って実際に見聞した
「フランスの人口問題は漸く解決され掛って居ます。一時死亡率が出産率を越えましたが今は反対になりました。之は国民的な自覚と一方には政府の政策が行はれたので、即ち今年五月頃から三十歳以上の男子の独身者に独身税を課すると同時に、三人以上の子を持つ夫婦は多人数の家族として保護を加へる事になり、住宅の世話までして居ります」――独身税! ドゥーチェだけではなかったか。正直独裁国家しかやれない政策だとばかり。にも拘らず、ローマ進軍の二年も前にまさかまさかの共和国たるフランスが。――「それから之はフランス人の間に信ぜられてゐる事ですが、ドイツが組織的にフランスの人口を減らす計画をして非常に進んだ科学的な避妊の方法などをフランス人に教へたといふのですが兎に角沢山の産婆や薬剤師などがドイツから来てゐたのです、しかし今では日本で売られてゐるやうなさういふ手段に使はれる器具はフランス人に売ることは禁止されて了ひました。外国人は買ふことができます」
陰謀論も使い方次第で役に立つ。
なかなかどうして、知恵者というのは居るものだ。フランス人を
しかし気がかりなこともある。
アナトール・フランスの反応だ。死神が戸を叩くまで残すところ五年を切った、あの皮肉屋な文豪は、祖国のこの有り様をどんな瞳で見詰めていたか。正味、たいへん気にかかる。ドイツ憎しで大衆と一緒になって踊るほど、めでたい脳ではない筈だ。
「オーストリアの分割はおよそ馬鹿げている。中部ヨーロッパをバルカン化することは、わざわざ新たな戦争の種を播くことである。フランスにとって、これほど致命的で、忌わしい平和はかつてなかった。ウィルソンはヨーロッパについては全く無知で、国家の権利を化学者のように秤で計量している。…(中略)…タレーランやメッテルニヒはもっとうまくやっている。彼等は民族の幸福などということを何等尊重してはいなかったが、それでも彼等はよく民族を生き通させた」
ヴェルサイユ条約の締結をこのように視ていた彼である。
決して愉快ではなかっただろう。
しかしまあ、賢者の意見が常に採用されるほど、国家の仕組みは単純では有り得なく。――…
(『ナポレオン~覇道進撃~』より)
戦争中にぶちまけられた混沌は、如何に書類と口舌上で平和が恢復されようと、容易に収拾されはせぬ。
後始末という長い長い闘いが、むしろ開始を告げるのだ。
ほんに此の世は修羅の巷に違いない。
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