穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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灼かれた脳から滲み出す


 脳を灼かれた。

 


 ボロボロの校舎、

 


 止まった時計、

 

 

 

 やけにアナログな備品一式、

 


 何故か外に出たがらない主人公。


 勘の鋭い方ならば、これらの要素だけではや、何事かを察すであろう。


 一連の画像は「夕暮れ時、廃校にて。」なるフリーゲームスクリーンショット。もうタイトルの段階からして郷愁の念を刺戟する、セピア色に染まった世界を探索するアドベンチャーだ。

 

 

 


 古書を偏愛する筆者わたしだが、同じ感性に基いて廃墟巡りも大好きである。


 ゆえ、嬉々としてダウンロードし、プレイした。その結果として、益体もない、案に違わず呼び起こされたノスタルジックな感動に情緒をめちゃくちゃに掻き乱されて、のたうち回っているわけだ。


 だからこんなのを書きたくもなる。


 ――時は昭和六年の、梅雨前線最盛期。


 場所は皇居にほど近い、麹町高等女学校。


 相手はおよそ百五十名、――来春「巣立ち」を迎えるはずの最上級生を対象に、アンケート調査が実行された。質問文はたったの二項。早い話が、

 


(一)縁談の持上った時親の意見に一も二もなく従ひますか


(二)将来夫と定める青年としてはどんな質の人を希望しますか

 


 このふたつの問いかけに、素直に回答すればよい。

 

 

フリーゲーム『白蛇の妻問い』より)

 


 むろん、無記名式である。


 つつがなく結果が現出あらわれた。


 第一問目は、二対一で「否」が優勢。それはまあそれで良いとして、肝心要は二問目だ。


 単純なイエス・ノー式でないだけに、生徒の個性躍如たる回答がまま混ざる。


 当時の調査員たちの興味をとりわけ惹いたのは、以下の条々であったとか。

 


○丈の高い健康体のスポーツに趣味のある男性的な人


○酒や煙草も少しはよい、まじめ過ぎて融通のきかない人は嫌ひです

 

○おしゃれで着物などに気をかける男は嫌ひです


○美男子は誘惑が多いから夫として危い


ブルジョアは嫌ひです、地位も名誉も好みません、すべて本人主義です


○妻や子供のあらゆる質問に答へられる学問と素養のある人、音楽好きの人


○結婚してから妻が異性と交際しても何ともいはない程理解のある人


○感傷的でない男性

 

 

 


 はいはいなるほど、まあ年頃の娘さんならさもあろう――と、概ね微笑わらって頷き得るが、ただ一個だけ、ちょっと待てやと言いたくなるのが混ざってる。


 もちろんケツから二番目の、結婚してから妻が異性と交際しても何ともいはない程理解のある人、この、これだ。


 理解のある彼くん嗜好は1930年代、もう既に――などと驚いている場合ではない。


 ちょっといけない、受け入れ難い、認められない教理に背く。


 愛は独占を強いるものという、トマス・ホッブズ謹製の、輝かしきあの・・定義――「相手の愛を独占したいと願い、こちらも相手にだけ思いをよせるのは、『熱愛』」――を信奉している筆者わたしの基準からすれば、こんなのはもう「理解のある」の範囲外、ただひたすらに自分に甘いご都合主義の発現である。


 淫蕩、放逸に向かいがちという、自由恋愛の悪い側面そのものだ。


 撥鬢小説のキャラクターかね、お前さんはと突っ込まずにはいられない、そんな気分にさせられた。なんとなれば、ある・・からだ。村上浪六の著作の中に、ちょうど彼女の卒業後を思わせる、たまらぬ人間風景が――。

 


良人おっとに対して捕虜ではありませン飼はれて居る動物ではありませン台所の番人ではありませンといふ今日の勢ひ、すぐに侮辱されたとか虐げられたとか喚き出すばかりでなく、うかうかすれば姦通せざるを以て莫大の恩に着せるほどの強烈なものが段々と増えて来た、実際また突けば潰れるやうな爛熟した中年の女が無制限に性欲の馬力を加へて手当たり次第に発展する時の凄まじさは、迚も一人の亭主に満足して居ない、それが悪ければ何時でも離縁して下さい性格の相違は生涯を通じて互いの不幸です、と遣り出すから、気の弱い良人は火の玉でも抱いたやうに怖がり、常に絶えず戦々兢々として細君の御機嫌を取るといふ面白い今日、現に大仕掛の淫売宿を検挙すると、余儀なき生活の苦しまぎれでない人妻が交ッてゐるといふくらゐだ

 

 

ソ連の女スナイパー)

 


 初見の際にはなんだ脚色が過ぎらァとむしろ辟易したのだが、これは案外、忠実に、当時の世相の一面を切り取ったモノでなかったか。


 昭和の女性は過度に抑圧されてあったと人は云う。だがそれも、所詮は個々の資質によりけりだったろう。


 百年前であろうとも、強い女はその強さゆえ、しっかり男を弄び、旦那を尻に敷いている。


 当たり前のことだった。

 

 

Kojimachi Gakuen Girls Junior and Senior High School 2024-02-15

Wikipediaより、麹町学園女子中学校・高等学校)

 


 麹町高等女学校はその後戦火で全焼するなど多難な時代を送ったが、いずれの試練もよく切り抜けて、明治三十八年以来の伝統ある学校として今日も子弟を導いている。

 

 

 

 

 


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