穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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大正時代のリアリズム


 木炭   千七百四十二万俵
 薪    三千百万貫
 石炭   四十万トン
 コークス 四万トン
 ガス   五十億立方尺


 ざっとこれだけの燃料を、東京市は一ヶ年中に消費する。

 

 

 


 家庭で、あるいは工場で。これだけの資源を費やして、そこから生ずる熱により、東京市の活動は維持されていたという次第。


 後藤新平の市長時代に、発表されたデータであった。


 もっと詳しく言うならば、実に大正十一年度、「東京市政調査会」発会式に臨んでの後藤がやった演説に、織り込まれていたモノである。


 元医師という経歴ゆえか、およそ政策の樹立にも美辞麗句より冷厳たる数字をこそ重んじる、後藤らしさが強く匂い立つだろう。


 この内訳中、ガスが占める割合を後藤は増やしたかったらしいが──ひいてはそれが一般市民の生活の幸福増進に繋がると信じていた模様だが、前途は遥か遼遠としか言いようがなく。元号が昭和に移ろうと、当面の間、薪炭需要は高水準が維持された。

 

 

(市設神田橋食堂)

 


 竈門炭治郎の如き、炭の生産・流通を生業とする手合いには、さぞありがたい話だろうが。

 


「今主たる家庭燃料の薪炭を見るに、その熱量は合せて二億二千六百三十億カロリーとなる。之をガス量に換算すると二百十四億立方尺のガスとなる。…(中略)…薪炭の中には無益に散ずる熱量も相当にあるが、仮りにその全部をガスに換算し、ガス一千立方尺を二円二十五銭とすれば、二百十四億立方尺の価は四千八百六十四万円となる。然るに薪炭平均の効率を七十%とし百五十億立方尺のガスで足りるものとすれば、その価は三千三百七十五万円となる。之を前記薪炭の代価に比すれば、同一の燃料価値を得る為に千四百七十万円を節約することになる、従ってこの燃料の変化が行はるれば、市民はそれだけ廉価に生活し、或はこの節約を他の方面に有利に向け得られる筈である

 


 こういう理想を抱懐している後藤新平の立場としては、切歯扼腕すべき現実以外のなにごとでもなかったに相違ない。

 

 

Shimpei Gotō.jpg
(Wikipediaより、後藤新平)

 


 ──ちなみに「百五十億立方尺」、かつて東京で使われていた全薪炭に匹敵するガス量を、我々にとり身近な単位に換算すると、ざっと「四億立方メートル」


 対して、だ。二十一世紀現下に於いて東京一都で費消される燃料は、都市ガスだけでも一年間で「四十億から五十億立方メートル」という膨大さに達するそうな。


 うたた今昔の感に堪えぬという表現を、ここは用いるべきであろうか。


 数はつくづく、雄弁だ。

 

 

(聖橋)

 


 大正といふ年代は、悪い意味のレアリズム、即ち実利主義や功利主義が最も栄えた時代でありました。それで当時、「大正煙草」「大正芸者」「大正住宅」といふやうな言葉が流行しましたが、すべて「大正」と名のつくものは、安っぽくって、品が悪く、つまりいへば軽便安直といふやうな、悪い意味での実利主義のものでありました。そのため人心も軽佻浮薄に流れまして、一体に日本の文明が、質的に低落した時代でありました。


──萩原朔太郎

 

 

 

 

 


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