総革張り、新菊判五百頁、お値段ポッキリ三円にてご提供──。
豪華な日記帳だった。

辞書と見紛うばかりの厚さに、格式を感じる立派な装丁、平たく言えばゴツいデザイン。それ相応に値段も高価。第一書房謹製の「自由日記」がそういうカタチになったのは、むろんのこと
創業者、──長谷川巳之助その人の意向が強く反映された結果であった。
本製品のコンセプトとして、三日坊主に終わらぬ工夫を凝らそうなどと、彼はまるで思わずに。
追求したのは、ただひたすらに耐用年数。時の浸食作用に対し強固に抗う点にこそ、重きを置いた挙句の果ての「仕上がり」だ。
「元来日記といふものは私達のプライヴェートなドキュメントであると同時に、最も貴重な年鑑として永遠の思ひ出となるものですから、書ける時には一日に幾枚も書き、書けない時には何日も書かないでゐるのが自然です。従って書けたら一年に二冊も三冊も書いて置くべきであり、書けなければ一冊の日記を二年も三年も使って居るべきです。併しさうするには従来の日記は余りに粗悪すぎるので此の第一書房自由日記をつくったのです」

(『DEATH STRANDING』より)
奇抜卓抜、一風変わった個性的な日記観。
こういう派手にとんがった「売り込み文句」と往々にして逢えるゆえ、独り本文のみならず広告欄まで目を通すのを止められぬ。
とうに色褪せ、バラけかけ、埃の巣である古い雑誌をそれでも漁る、妙味の確かに一環だ。

(過去も未来も現在も、人の求めてやまぬもの)
古雑誌の魅力は、「日付」が完全になされていることである。その時々の事件に没入しているため、通史的な本ではほとんど言及されていないような政治上の流行と傾向について教えてくれる。
かつてある農場の邸宅で行なわれた競売で2シリングで見つけた、1809年から始まる十数冊の『クォータリー・レヴュー』ほどよい買物は、今までしたことがなかったと思う。
──ジョージ・オーウェル
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