大正時代の末あたり、震災による創痍から立ち直らんと気力体力知力財力ふりしぼり、努力を重ねる帝都にて、ひとつのプランが潰された。
プランといっても、何ほどもない、市内名物・花電車の装いに「桃太郎」を使ってみたいと、ただそれだけの計画だ。
日本人なら誰しもが知る最も名高い童話の英雄。詳述するのも野暮の謗りを免れぬ、神州無敵・桃太郎を担ぎ出すのは当時の世相からいって、まったく妥当の筈であったが。
わかりきったその結論に、しかし異論を挟んだ者が。頭でっかちの、青瓢箪の、ヤワなインテリゲンチャどもが、どうも屁理屈を唱えたらしい。
曰く、「あれは侵略主義を標榜するから、今日の時世に合はぬ。外国の手前差し控へた方がよからう」と──。
なんたる痴言、愚劣の極みなこの難癖が、しかし結局、お偉方の判断をあっさり左右しちまったからわからない。今日でも日本の政治家は左翼的な論説に意外なほど惰弱だが、その病弊は百年前にも既に顕在化していたようだ。
そしてそういう「弱腰」に、軍人どもはブチ切れる。
スマートで、目先が利いて几帳面であるはずの海軍将校さえもまた、ことこの件に関しては顔を真っ赤に憤怒の化身と化したのは、ある意味
「外国を恐しがる弱腰連が、飛んでもない詭弁を弄して、これを葬らんとするのは、まるで日本男児をすべて去勢するやうなものである。余は桃太郎存置論者だ。太田君の『経済読本』の序文にも、桃太郎と経済との関係を説いてくれたらしい。この物語こそ正義人道の標本として、外国まで大に宣伝すべきである」
海軍中将・山本英輔、魂の叫び。彼の著書たる『世界英傑巡礼』からの抜粋である。

結末が鬼と和解する方向へ、平和的に変化した現代の桃太郎を目の当たりにしたならば、一体全体この山本はどんな反応を示すであろう。
怒髪天を衝く、猛り狂うならまだしも救いようがある。
しかし、消沈──悲嘆、落胆、失望、自責。突き抜けた激情が一周廻って

思い出した。
そういえば八波則吉も、『国語読本』の編纂作業に関わった際、桃太郎の内容につき変テコな相談を持ち込まれていたっけか。
なんでも曰く、
「由来日本人は、植民には甚だ不適当な国民だと云はれてゐます。それは、成功すれば直ぐに帰国するからです。で、アメリカでは、北でも南でも排斥されます。其の原因の一つは、桃太郎の童話が良くない、金銀珠玉を車に積んで鬼が島から帰国するやうになってゐるから。鬼が島に永住するやうに作りかへてくれないかと註文した人がありましたが、私は、それはいけない、童話は国民性を表現してゐるものであるから、濫りに改作すべきではないと答へて、国定読本には、依然として凱旋するところを絵入りにして出して置きました」
と。
どちらを向いても政治的な正しさが無粋に首を突っ込んでくる。
御伽噺の領域ですら、その息苦しさから逃れられない。
なんとも夢の無いことだ。
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