穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

※当ブログの記事には広告・プロモーションが含まれます

2026-01-01から1年間の記事一覧

富貴楼の倒れた日

安重根の大馬鹿野郎も罪深いことをしたものだ。 明治四十二年十月二十六日、伊藤博文、ハルビンにて凶弾に斃る。 その号外を目にするや、ショックのあまり唸と一声あげたきり人事不省に陥った女性が芝区あたりに在ったとか。 御年七十四歳になる、彼女の名前…

炭になっても

佐伯矩が「血のあんころ餅」を開発し、提供・推奨していた時分。 機を同じくして獣の骨も日本人の体内に積極的に摂取されつつあったとか。 言うまでもなく、生(ナマ)で、ではない。 強力火力で芯まで炭にしたモノを、健康維持の良薬として服用(の)むこと…

あんころ餅と獣血と

佐伯矩(ただす)が栄養研究所の所長時代に新案したレシピには、「牛の血入りのあんころ餅」などという、キワモノめいた一品までもが含まれる。 (Wikipediaより、佐伯矩 胸像) ああ、いや、待った、この言い方は相応しくない。仮初にであろうとも、キワモ…

バナナの皮に咲く糀

バナナを用いた酒の醸造方法を思いついた発明家が、かつて居た。 彼は長山正太郎。言うまでもなく日本人だ。アイディアの契機(きっかけ)となったのは、東京で手酷い失敗をして、事業に破れ、いたたまれずに逃げ落ちた相模小田原酒匂村にて、毎日々々バナナ…

無刀流瑣話

少し、剣術の話をしよう。 山岡鉄舟の開いた流派は無刀流を称しつつ、鍛錬にも試合にも、実は竹刀を利用している。 「無刀」なのに。 「刀無き」流派のはずなのに。 ──看板に偽りありではないのかね。 この点につき不審を持った者がいて、ふとした機会に、無…

世界を紡いだその後に

不可知だらけの現世でも、とりわけ謎に富んでいて、外部からの憶測を容易に許してくれぬのは、メガヒットを飛ばした後の作家の苦悩こそだろう。 それはまったく計り知れない。 自分自身の作品に呪縛されるの感さえも、ときに彼らは感じ得る。 江戸時代の文豪…

「知ってるかい? 人は皆、獣なんだぜ…」

「頭脳は文明、身体は野蛮」。 明治の人材育成の、これが一つの理想像。新たな時代を担ってゆく青年は、とかくそのようでなければならぬ。軍人、政治家、新聞記者に、医者も含めてみんながみんな首肯(うなづ)いた。 志はご立派だ。正直、異論を捻じ込む余…

十和田湖畔の文士たち

東北地方に降る雪をライブカメラの映像越しに漫然と鑑賞中のこと、インターネットの恩恵をしみじみ感じていた最中。 ふと思い出した歌がある。 季節はちょうど今ぐらい。時間はざっと、遡ること百年以上。十和田の秘湯・蔦温泉を背景に、杉浦重剛門下の文士…

賢人たちの見惚れたる

神社仏閣参詣で大感動を発したと。──日本旅行の印象を誰かに訊ねられた際、間髪入れずそう(・・)返す外国人は数多い。 (日野市にて撮影) その感激の淵源は、なにも建築の妙趣に因らず、坊主や禰宜を動員しての大がかりな儀式に因らず。ただ日常の習慣と…

西洋中毒

多くの日本人にとり、「海外」という言葉の持つイメージは「欧米先進諸国」と同義。日本を除いた世界の全てにあらずして、治安、人文、双方共に高水準が保証済み、限局された一地域のみを指している。 国を開いた当初からずっと変わらぬ悪癖だ。 それがゆえ…

謙譲と卑屈の境界

わけのわからぬことにばっかり気を配る。 「およそ商店の店員はなるたけなるたけ粗服で通すべし、あまり身綺麗に装いすぎて客を凌いでしまった場合、はからずしも先方に、無用な恥辱を与えるやも知れぬから」──。 斯くの如きシキタリが、大正・昭和の日本に…

時の砂

「七里ヶ浜の砂の数は尽きても、科学の研究の種は尽きる時はあるまい。日常見慣れ聞きなれてゐて、何等の驚異、何等の感興など惹起さぬやうな事柄でも、少し立入って研究すれば、その中には驚くべき事実や、多趣味な現象の潜んでゐることは数限りもないので…

多々益々弁ず

益田孝の宗教観が面白い。 以前(まえ)にも幾度か触れてきた、三井の大番頭サンだ。 彼は大胆な男であった、エネルギッシュな漢であった。進取的、発展的な色彩を、その性格に多分に含む者だった。 従って神饌という儀式行為に関しても、単なる神へのもてな…

牽強附会か正論か

「大航海時代はジンギスカンが生み出した」。 文学博士・中山久四郎の説である。 ──何を言い出すんだこの男。 頭の調子を疑いたくなる、突飛な話に聴こえるが、相手は仮にも東洋史の専門家。 その肩書きに敬意を表し、よくよく耳を澄ましてみると、まんざら…

「ロイド・ジョージは英国王」 ─誤珍回答私的撰集─

そのむかし、とある巡査が昇任試験の面接で、 「日本の三府はなんだったかな」 と訊ねられ、咄嗟に口を衝いて出たのが、 ──別府、大宰府、甲府。 であったことがある。 むろん誤答だ、誤答だが、誤答にしても、こいつの質はけっこう高い。 たぶん、おそらく…

修羅の巷の星条旗

1926年夏である。合衆国はシカゴにて、国際警察署長会議といったものが開催(ひら)かれた。 そう、シカゴ。 場所の選定の段階で、ひどい皮肉を聞かされている気がしてしまって仕方ない。 何と言っても、ほら、アレだ。シカゴ・タイプライターと、蓋し高名な…

善はせず 悪を重ねて 死ぬる身は

「スリの金太」がまた捕まった。 その一報が伝わるや、 「あの業ざらしのくそじじい、いい加減大人しくならんのか」 警官、法曹関係者、監獄吏員に至るまで、俗にいわゆる犯罪処理を生業(なりわい)とする人々は、一様にゲンナリさせられた。 さもあろう。 …

職業に貴賎なし ─市井に紛れる「えらいひと」─

木村儀作は新帰朝者だ。 知見を広げるためならば、言語の壁もなんのその。海の向こうに刺戟を求め、遥か異郷へ船出して、求める「何か」を彼の地で得ると、やがて再び帰り来た。 後には医学の分野に於いて博士号まで取得する、そういう木村の洋行みやげ噺の…

今年の干支にかこつけて ─名伯楽を生んだもの─

北海道は名馬の産地。 わけても日高は指折りである。 新冠御料牧場開設以来、重ねた努力と実績が、「日高駒」の名声をとどのつまりは全国レベルに押し上げた。 ──あのあたりの住民は、誰も彼もが馬と多少の関係性を持ちながら日々の暮らしを営んでいる。 か…