あたかも江戸期の蘭学者、『ターヘル・アナトミア』翻訳中の杉田玄白一同らを見るようだ。
事実、本質はそれに似る。
──明治九年、司法省に異動早々、清浦奎吾に下された主な任務は、治罪法の制定作業こそだった。

(『Cyberpunk 2077』より)
成立したての日本に近代国家の装いを慌ただしくも施すための、大事な役目といっていい。
これが成るか成らぬかで、ひいては条約改正の風向きをすら左右する、そういうレベルの沙汰事である。
が、仕事に於ける重要性と難易度は、比例関係にあるかのように──。「容易いことではなかった」と、後に奎吾は述懐している。
容易いどころか頗る難行、ボアソナード以下外人顧問の作成した草案を日本文に直すだけでもいちいち智慧熱を発するほどの負荷を頭脳に強いたとか。
「私は岸良(兼養)大検事の下に横田国臣君等と共に、主として治罪法の制定に当ったが、法律思想の幼稚な当時では、見るもの聞くもの悉く難解で、色々の疑問や不審が起る。例へばボアソナード氏の草案で『クラグランデリーの場合には云々』といふことがある。その訳を聞けば『罪が正に燃えつゝあり』といふことであるが、我々は『罪は無形である。燃ゆるとは何事か』と不審がり、詮議してみると『罪が現在こゝに犯されつゝある場合』といふ意味であることがわかったから、結局『現行犯』といふ術語を案出した」
認識を擦り合わせるべく行われる遣り取りは、時に一種コントめく。


(同上)
しかし取り組む当人たちが真面目も真面目、大真面目なのは疑いがない。
だからこそ、より滑稽味が引き立てられるのであろう。
「又『プールシビット』は『罪を裁判所に追ふ』といふから、これについても『罪を追ふとは風を捕ふ様で奇怪なり。罪人を追うて捕ふる意味か』と問へば『人ではない。罪だ』と云ふ。推し究めた結果『訴追』または『起訴』といふ言葉を用ひることゝなった」
綺羅星にも喩うべき彼ら明治の俊英が、ことほど左様に苦心惨憺した挙句、漸くのこと捻り出した法律用語の数々は、今日に至るもそっくりそのまま利用され、社会生活上の便宜を図るに寄与するところ限りない。
首相としての評価についてはどうもなにやら今一つ、パッとしない奎吾だが。だからといって無能の謗りは当たるまい。国語の追加は取りも直さず精神界の開拓だ。後世のため多くの遺産を積み置いた、彼は確かに一廉の人物だったのだ。
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