はじまりは習字の稽古であった。
凝り性気質でつむじ曲がりな性格を生来備えていた彼は、手本をひたすら墨守して忠実に再現するだけの作業に、飽き足らなさをどうしても募らせていってしまったらしい。
定型を破りたくなった。
だがどういった方向で? ──態と悪筆を装ってめちゃくちゃに紙面を汚すというのはなにやら違う。それはそれで別種の嫌味が鼻につき、自分の征くべき道だとは、とても、到底、思えない。

(『Ghostwire: Tokyo』より)
では何だ。自分が果たすべき課題、達成すべき目標は、いったいぜんたい何処に在る? ……
悶々として過ごすうち、ある日、ふっと着想を得た。そうだ、書き順の逆転を試してみよう。
最後に打つべき字画から、まるきり逆の順序で以って文字を作り上げるのだ。たとえば「上」なら、底の横棒一本線をいの一番に引くように。
やってみると、これがなかなか面白い。
初期はそれこそ、見れたものではなかったが。膨大な量の紙と墨、血の滲むような修錬を経て、彼はとうとうこの技術をモノにした。正調だろうが逆サだろうが、およそ書き順に拘らず、美麗な文字を作れるようになったのだ。
彼が尋常の凝り性でなく、偏執狂の気配さえ纏いだすのはここからだ。この成功で、彼は満足しなかった。書き順の次は逆の手を。左右どちらの手を使っても、美しい筆跡を成し得るように。
上下逆サも試してみよう。──うん、よし、これも練習次第でイケそうだ。
普通人には到底不可能、そもそもやろうと思わない、何の意味があるのかもまったくさっぱりこれっぽっちも理解できない、人生に於いて益するところ一切皆無でありそうな

(『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』より)
挙句の果ての道の奥。彼はとうとう、超人と化した。
右手と左手で別々の文章を書きながら、
傍らの新聞紙に目を通し、
かてて加えて多人数からの質問にいちいち口頭で返事をしつつ、
頭の中では相当高度な数学上の問題に暗算で解を導くという、
上古偉人の御業の再現、「二十世紀の聖徳太子」の誕生だ。

彼の名前は梶山為夫。百年前に脳機能の多重奏、「梶山式
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
この記事がお気に召しましたなら、どうか応援クリックを。
↓ ↓ ↓
![]()
