大正十四年である、東大生が鉄道自殺をやらかした。
季節は盛夏、空の青さは嫌味なまでに濃く、深く。雲が層々と峰をなす、とても暑い日であった。
(東京大学)
苛烈な太陽光線が、散乱した血や臓物に容赦なく浴びせかけられる。湿度の高さも相俟って、たちまち蒸されるヒトの残骸。鉄路の上の悪臭は、形容不能な物凄さであったろう。清掃員の労苦たるや知るべしだ。
懐からは案の定、遺書と思しき封筒が。
そこまでは、まあ、珍しくない、予定調和といっていい。毎月何件かは起きる、典型的な鉄道往生の域を出ぬ。
しかし、しかしだ。動機を探る目的で遺書を開いた時点から、にわかに流れが
(なんじゃ、こりゃ)
担当官は眼を剥いた。
読めない。
少なくとも即座には。
全文、英語なのである。
紙幅は数字とアルファベットでまんべんなく
意味を正確に
(viprpg『ドラゴン・オブ・ナチスーん』より)
凄惨な現場を数多踏み、「死」には慣れっこな刑事さえ、
「……最近の若い連中は」
何を考えているのやら、まったくさっぱり
実際問題、どんな意図が働いて、斯くの如きが出来たのか。
末期の言葉、掛け値なし最終の意思表明に、祖国の言葉にあらずして、外国語を使うとは――。
最後の、最後の、最後まで、自分の語学能力を、頭の良さをアピールしつつ逝きたいとでも画策したか? つまりはある種の虚栄心。インテリとしての性癖、本能。「知識階級は多少響きの美しい言葉を好みすぎ、また自分でそれに酔う傾きがある」と小泉信三も指摘している。その亜種と看做して可だろうか? いや、しかし……。
どうにもなんだかしっくり来ない、隔靴掻痒のもどかしさを振り切れぬ。偏差値に差がありすぎて、共感作用がおっついてない印象だ。筆者のIQ程度では、このあたりが関の山、想像可能範囲の
奇遇にも、と言うべきか。
まさにこの年、東京帝大法学部では選抜試験の設問に、よりにもよって
――『共産党宣言』の独文和訳を行え。
という、とんでもない課題を出して政府の度肝を抜いている。
当時の文相、恭堂岡田良平は、報告を受け危うく椅子からずり落ちかけたということだ。
無理もない。小学生が校庭で不発弾を掘り出すよりも遥かに危険な事態であった。さて、それを受け、「責任者の措置を如何にすべきかにつき省内に緊急会議を開いたが、却って此際事をあらだてゝおもてむきとしては反響する所も多かるべく如何なる重大なる結果を招来せんとも測られないと言ふ所から今回の件は単に今後斯る失態を繰返さぬようとの警告を発しあいまいの中に葬り去ったのである」とは、『読売新聞』の報じたところ。目も眩むような事なかれ主義の発露といって良いだろう。
あの赤門の内側で、どんな人材を育てようとしていたのやら。
得体の知れぬ場所だった。
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