役者というのは結婚すると人気が落ちる。
たった一人の生涯の伴侶を得ることは、何百、何千、何万倍の、異性のファンを失うのと引き換えである。
この俗説は、果たして真なりや否や――。
「そういうことは、事実、けっこう御座います」
神妙な面持ちで頷いたのは、六代目尾上菊五郎。
若干二十三歳の折、妻を迎えてまだ一年も経ていない、初々しい身であれど。効果というか周囲の変化は激甚で、嫌でもはっきり自覚せずにはいられない、猛烈性を帯びていた。
地殻変動にも喩うべき、ファン層の入れ替わりがあったのだ。
「独身時代の贔屓は婦人に多く、妻を有してより後の贔屓は男に多ければ、妻を
絶対数では減少したが、
大谷翔平の結婚を機に、菩薩の皮をかなぐり捨てて夜叉の性根を丸出しにした「女性ファン」の多きを眺め、不意に脳裏に去来したのが、上に掲げた菊五郎の談話であった。
明治の女性も、令和の女性も、スターの色恋沙汰に関して示すところの反応は、本質的にさまで変動していない。どうもそういう判断を下さざるを得ぬらしい。
「女性はいつでも敵を持ってゐる。敵がなければ敵を案出する。憎しみの対象がなければ生きてゐる気がしないからである。そしてそれと同時にいつでも味方を持ってゐる。その味方を自分だけの味方としたいと思ひたがってゐる。嫉妬心と淋しさ心細さとからである」――ニヒリスティックな文筆家、廣津和郎の見抜いた真理。
末尾に附しておきたくなった。
なんとはなしに、相応しく思えたからである。
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