穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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附録戦争


 猫を狂わせることだけがマタタビという植物の全能力ではないらしい。


 保温効果たっぷりの良質な入浴剤として、人類ヒトの役にも立たせ得る。「五匁くらゐを袋に入れ、約二升くらゐの水で充分に煎じ、その汁をお風呂に入れて入ります。少しも厭な臭ひもなく大変よい気持です。このお湯は、少しくらゐ長湯しても、のぼせることがなく、上ってからも、随分長い間、体中がぽかぽかしてゐます――こういう記述、用法が、戦前刷られた『家庭療法全集』中に載っているのだ。

 

 

 


 如何にも古書でございといった、もう見るからにくたびれきったこの一書。


 もと・・を糾せば単体で売り出された品でなく、婦人雑誌主婦の友昭和六年一月号の附録に具されていたものだ。


 附録とは言い条、総ページ数は七〇〇以上にも及ぶ。もはや本紙より厚いんじゃないかというほどである。


 この年の雑誌商戦は特に苛烈で、なりふり構わず各紙鎬を削り合う、その血みどろの有り様を、口さがのない文人などは、

 


不景気になればなるほど厚くなるのは女給さんの白粉と雑誌の附録だ、昭和六年の正月雑誌は一冊また一冊これでもかと足つぎを重ねて、年の瀬の乗り越えにあせる。『こんなにあって五十銭』『あけてびっくりこの大附録』『スバラシイオマケ八種』『驚く驚く延長六十八尺の大絵巻』などゝあわただしい店頭に媚びてゐる」

 


 こんな感じに、露骨に嘲笑わらったものだった。


主婦の友』とて例には洩れず、と云うわけだろう。

 

 

(書籍発送)

 


 中身の方に着目すると、こまごまとした看護法は当然として、「いもりの黒焼き」みたような奇抜な民間療法や、そうかと思えば当時まだまだ珍しい帝王切開体験談のようなモノまで掲載されていて、纏綿羅色、まさに古式新式の雑居状態の観があり、なかなか飽きることがない。


 就中、「毛生えに効ある薬草」として栗のイガが挙がっていたのは、わけもなく微笑させられた。


「栗の毬を黒焼にし、細い粉末にしたものを胡麻油で練り混ぜて用ひれば効があります」のだそうだ。


 よしんば効き目は無かろうと、激しく害をなすことも、また無さそうな智慧だった。

 

 

 


 戸川秋骨医学書なんぞ読まぬに越したことはない、「誰れでも神経質的に考へると、大抵万病の持主である。うまいものでも食って平気で居れば、病気は自からなくなってしまふものであらうとのたまうが。


 美容・健康・長寿にかける人の執念。その痕跡を辿るのは、なかなかどうして面白い、魅力たっぷりな趣味なのだ。

 

 

 

 

 


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