もはやすっかり、冬である。 ちょっと前まで長引く夏に辟易していた筈なのに。──ふと気がつけばコタツに脚を突っ込んで、みかんを頬張る時季である。 光陰矢の如し、時の流れは無常迅速。承知していた心算(つもり)だったが、流転する世界のスピードに、今…
奈良に酒造家あり。 讃岐屋と号す。 蒼古たる中院町の一隅にて暖簾を掲ぐ。 当主は代々、「兵助」を名乗るシキタリである。 あられ酒の発明は、この讃岐屋の五世兵助によると云う。 (Wikipediaより、奈良盆地) 春日大社へ信心厚い兵助は、ある日、参拝を終…
カリフォルニアを筆頭に、合衆国にむらがり湧いた排日移民のムードほど、大正日本の人心を激昂させたモノはない。 三国干渉の屈辱に匹敵、あるいは凌駕し得るほどその勢いは猛烈で、朝野を挙げて怒り狂ったといっていい。 (Wikipediaより、排日移民法に抗議…
政治事情がすべてに優先されるのが、アカい国家の特徴だ。 政府の、党の、下手すりゃいっそ一個人の面子を守るためだけに、ソロバンだって平気の平左で投げ捨てる。経済的意義ですら、政治的意義を追い越すことは許容されていないのだ。強引な突破を図れば最…
「赤匪」こと支那共産党の戦略は、実のところ読めていた。 国共合作の美名に隠れ、彼らが如何に陰険かつ悪辣なる謀略を張り巡らせていたものか。「他日の雄飛」を目論んで、己が天下取りのため、あらゆる準備工作におさおさ怠りなかったか。日本側にも、掴ん…
まず、原案を自分一手で創り出す。 その次に、主題に据えた分野に於ける専門家らを呼び寄せて、用意の「案」を説き聞かせ、それに対する批評を願う。 「腹蔵なく意見を吐け」と言ってあるから、当然談(はなし)は熱を帯び、火花を散らし時として口角泡を飛…
昭和五年のことである。 電送写真実用化のいとめざましき進捗ぶりを前にして、 「今にラジオは声だけでなく、動画も一緒に送れるようになるだろう」 熱っぽい口調で、興奮もあらわに。──大胆な予測を、下村海南は口にした。 「電送写真の実用化されんとする…
だいたい本屋か水辺かだ。 このごろしばらく筆者(わたし)が遊行する土地は、その二種類に分けられる。 つい先日は、後者であった。 ふと、発作的に相模湖を訪ねたくなって、電車を乗り継ぎ、行って来たという次第。 陽を翳らせる雲はなく、しかし冷たい風…
一次大戦後のドイツ、──ワイマール政体下に於ける超インフレは有名だ。 有名すぎて、敢えていまさら詳説するのも野暮ったい。 現代日本人ならば、ほとんど九分九厘までが義務教育の過程にて、マルク紙幣のブロックみたいな札束を積み木代わりにして遊ぶ、当…
生産過剰になってしまったキャベツをトラクターで引き潰すのと、原理はおそらく一般だろう。 昭和六年、豚の価格が暴落した際、群馬のとある農家では、小豚を生きた状態のまま利根川まで曳いてゆき、淵をめがけてぶち込んで、あとは知らぬ存ぜぬと、始末をつ…
赤い衣(ころも)に、腰の鎖をじゃらじゃらと──。 下村海南、幼少期の思い出に、囚徒の姿は欠かせない。切っても切れない縁にある。年端もいかない少年時代、彼はまったく罪人どもの姿を見ながら大きくなった。 (『Stray』より) これは別段、彼の生家が刑…
「植民地の搾取と並んで、戦時軍隊への商品供給といふことが既に古くから資本主義の栄養根の一つとなってゐた。これと同時に戦争への資本供給を土台にして大金融業が発生し、生長し、このものが『戦争か平和か』といふ決定に対して支配的な影響力を獲得する…
これは下村海南が伝えてくれた情報だ。 戦前昭和のある時分、沖縄、名護の片隅に、天刑病──癩病患者の療養所を建てる計画が浮上した。そのあたりには以前より、顔の崩れた浮浪者どもが群れをなして存在し、これをいつまでも放置するのはあらゆる面から好まし…
肺を病みての死は辛い。 もとより死への道程は凄惨な苦痛を伴いがちな、──ある日ぽっくり、眠ったままで穏やかに死ねる例こそむしろ少数派だろうが。それにしたって肺病は、とりわけ苛酷な責めである。 文豪・武者小路実篤の父、武者小路実世もやはり、肺結…
日下義雄は生前よりも、死後に周囲をやきもきさせた。 なにしろ彼が死んだのは大正十二年なのに、その遺言状が作成された日付ときたら明治四十三年なのだ。 (Wikipediaより、日下義雄) おそらく彼の見立てでは、自分はもっと早めにくたばる算段だったに違…
ちょうどナチスが台頭しだした頃だろう。 その当時、ドイツ医学界にては、手術(オペ)の最中に音楽を演奏する試みが積極的に執り行われていたらしい。 執刀医のパフォーマンス向上を主眼に据えての措置である。 (viprpg『ライチがピアノ弾くだけ』より) …
ショートスリーパーに憧れる。 人生は短いのだ。読める本の冊数も、聴ける音楽の曲数も、自ずと限定されてくる。であるが以上、有意に過ごせる時間というのは多いに越したことはない。日々のあらゆる雑務同様、睡眠にも効率化を図るのは、人間性の赴く必然、…
皇国の言論界は華やかだ。 雑誌ひとつをめぐっても、蓋し百花繚乱である。 ジャーナリズムに宗教性すら見出して、新たな時代の偶像に雑誌を祀り上げんとたくらむ情熱家が居る一方で、 ──高級雑誌は大新聞のかつて犯した過ちを順調に踏襲しつつある。 由々し…
明治三十七年である。 日本原産の愛玩犬たる狆(ちん)のオスメス番(つがい)が二組、インド洋を経由して、欧州世界へ送られた。 高橋是清の要請である。 時の英国王妃たるアレクサンドラ・オブ・デンマークへ献上するため、言葉通りの「おくりもの」であっ…
ふとしたことから安曇野を歩く機会に恵まれた。 「日本のパミール高原」とも称される、長野県の特殊な地形。そこの中部に相当する彼の街で、特に観光(み)るべき名所といえば何を措いてもいのいち(・・・・)に、大王わさび農園に指を屈さねばならぬであろ…
丹波は栗の美味い土地。 その美味い栗をたらふく喰って育つから、必然としてイノシシもまた美味くなる。 雪がちらちら丹波の宿に、 シシがとびこむぼたんなべ と、地元の謡──デカンショ節──にある通り、旬に突っつくボタン肉は絶品で、その名声はひとり国人…
ある童話作家が言っていた。 文学者としての自分なんざァ、しょせん市場の腐肉売りも同然よ、と。 (『プレイグ テイル -レクイエム-』より) 最初(ハナ)からそんなヤクザな仕事をしたかったのでは、むろんない。 清冽な希望に燃えていた若々しい時期とて…
猛獣は日本国にも棲んでいる。 熊である。あの毛むくじゃら且つ筋肉質な食肉類との付き合いは、屡々悩みの種である。奴らときたら人がせっかく手塩にかけた家畜を襲うし畑も荒らす、なんなら財産のみならず、いとも容易く我々の生命さえも脅かす。まったく以…
トラクターを先鋒に農村にまで機械力が浸透すれば、割を食うのは動物力だ。 何百年、否、ことによると千年以上の昔から「生きた耕耘機」として田に畑に労働した馬たちは、もはや「用済み」の烙印を押され、食肉用に文字通り解体される憂き目に遭った。 (『…
宇垣一成の好きなもの。 乗馬に読書、そして風呂。 特に三つ目、風呂に対する耽溺ぶりは、源さん家の静香ちゃんも顔負けである。なんといってもこの男、一日四度の入浴を習慣化してのけている。 (Wikipediaより、宇垣一成) 長岡温泉の別荘に静養中の事情(…
「君去って我が外交を如何せん」 明治三十年八月二十四日、陸奥宗光、永眠す。 その報せを得るや否、黒田清隆の肺腑より絞り出された慟哭である。 「我が」とはむろん、日本帝国そのものを指していたに違いない。 (Wikipediaより、陸奥宗光) 川柳になって…
どうも貝原益軒は、書見に臨む態度に於いて筆者(わたし)と同種、僭越ながら仲間意識を持っていい、「先達者」であるらしい。 彼もまた、実に多くを抜き書いた。 読書中、視線を紙上にさまよわせるうち、特に秀逸なアイディアや、論旨の要点、あるいはいっ…
秦野、日野と同様に、昭島(あきしま)もまた豊富(ゆたか)なる地下水有す街である。 どれだけ豊富かというと、そのあたりの適当な蛇口のどれを捻っても、ミネラルウォーターが出てくると評判される程度には──。 耳を疑う話だが、まんざら訛伝とも呼べぬ。 …
「文明レベルを測る指標は、機械化の進捗なんかじゃあなく、自然に対する崇敬心の多寡ですよ──」 熱っぽく語る異邦人。 遠くアメリカ、シカゴから、遥々日本の山峡(やまあい)の田舎町まで行脚してくるだけあって、酔狂というか、物好きというか、一風変わ…
文士・上司小剣は、少年時代のいずこかで、松尾芭蕉に強烈に焦がれた時期があるそうな。 ──おれも、大人になったなら。 芭蕉の如き旅から旅の、放浪者の境涯に我と我が身を放り込んでみたいもの、と。漠然とした夢模様を秘めながら、妙な「遊び」に盛んに耽…