穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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原田実、ニューデール政策下のアメリカへ

 

 イギリスに於いて見るべきものをあらかた見終えた大日本帝国の教育学者、原田実が次に足を運んだ先は、大西洋の向こう側――アメリカ合衆国に他ならなかった。


 日本から上海を経てインド洋を南回りに航行し、地中海からイタリアに入り、ドイツ、フランス、イギリスと見てまわったわけだから、彼の旅程はほぼ世界一周旅行と言える。


 さて、原田実の外遊期間は昭和十年から同十一年にかけての約一年半。
 西暦に直すと1935年から1936年という数字。
 この当時の合衆国は、ちょうどフランクリン・ルーズヴェルトを大統領に戴いて、世界恐慌を克服すべくニューディール政策に邁進していた時期である。

 

 

FDR 1944 Color Portrait

 (Wikipediaより、フランクリン・ルーズヴェルト

 


 当然、原田実もニューデール政策の実態をありありと見た。


 その結果、彼が抱いた所思というのは、決して好感触とは言えないモノで。

 


 ルーズヴェルト大統領のニューディールは無産下層階級の生活を擁護し、従って彼等の人気を博して居るが、これがために要する莫大な費用は、特別税を以て資本家階級より徴収するのであるから、資本家階級からは極めて人気がない。然るに、ニューディールは誰れも知る通り、大統領が非常に無理押しに或る意味に於ては泣き落としの方策を以て議会を通過せしめたもので、従って十分に民意の賛同を得て居らないものであるとの立場から、ルーズヴェルトを独裁政治家なりと批難するものもあり、また無産階級に無理な同情をするものであり、極左思想家であると批難するものもある。(『閑窓記』207頁)

 


 実際問題、ルーズヴェルト政権にはソビエト連邦のスパイという極めつけの赤色分子が数多入り込んでいたのであるから、この評判を謂れのない批難と退けるのは不可能であろう。

 

 

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 原田実自身、フランクリン・ルーズヴェルトという男を知れば知るほど、特に大衆の人気を獲得するそのやり口がムッソリーニヒトラーのそれとそっくりなことに気が付いて、

 


 十分に世界的に知れ渡っては居らないやうではあるが、ルーズヴェルトヒットラームッソリーニに比して決して優るとも劣らない現代が有するデゴマークの一人であると、自分は考へる。(211頁)

 


 斯様に評し、アメリカの将来を不穏視している。


 結局のところあの時代は、独裁者の時代だったということだろう。ヒトラースターリンムッソリーニチャーチルフランコルーズヴェルト――まるで時代そのものが望んだように、名だたる独裁者が次々と出た。


 もっとも原田実にしてみれば、そのような潮流、たまったものではなかったろうが。

 昭和十四年八月三十一日の読売新聞に掲載された、阿部信行新首相の

 


 わしにはモットーもなければスローガンもない、ただ幼少の頃から「常に相手の立場を了解して親切にやって行く……」これがわしの指針ぢゃ……精神総動員といへばこれは聖戦下もっとも必要なことだが、その働きかけ方に付ては相手の生活状態や境遇によっておのおの異ならねばならぬと思ふ。片田舎の人に対しては片田舎でできる精動を、相手如何によって法を説かねばなるまい、パーマネントも婦人の洋装も程度問題で、要は皆の現下の時局に対する慎みが湧いてくればよいのだと思ふ、あまりパーマネントやイガ栗頭などやかまし論議すべき事項ではないと思ふ……

 


 という発言にいたく感銘を受けていることからも分かる通り、原田の性質は中庸を愛するように出来ていて、にも拘らずいずれの国も――左右の別はさて措いて――天井知らずに偏り続けるこの灼熱の時代に際会したのが不幸であった。
 彼の神経がどれほどすり減らされたことであるやら、想像するに余りある。

 

 

Nobuyuki abe

 (Wikipediaより、阿部信行)

 


 まあ、それはいい。


 原田実が目撃したアメリカ合衆国の不安要素は、ひとりルーズヴェルトのみにとどまらなかった。


 大統領閣下ご自慢のニューディール政策により優遇された無産階級――この連中にも深刻な毒が蔓延りつつある。そのように彼は書いている。

 


 失業者を道路工事や水利工事等に駆り集めて、ニューディールの仕事といふ立看板をかかげて、ノラリクラリの仕事を与へ、徒に賃金を払って居るとの批難もあって、それは確かにその批難が事実であるといって差し支へない事情を、我々旅行者も容易に看取することが出来た。

 


 つまりは優遇のし過ぎで労働意欲がごっそり削れ、費用対効果が最底辺まで下落したということであり、

 


 無産階級や失業者の群は相当期間殆ど真面目な労役もせずに給与金によって収入を得て来た為めに、怠惰の習慣を馴致し、しかもその間に互ひに連絡を造る機会をおのづから持ったことから、今後、その給与金が事実上不可能になって、停止されるやうな場合には、自然結束して、それぞれ何等かの意味のストライキ行動に出るであらうといふことが、甚だ明瞭な予想として一般に認められて居るやうな次第である。(210頁)

 


 一度甘い汁を啜った者が二度とその味を忘れられなくなるのは自然な人情。
 今や新たなる特権階級と化したこの連中が、その地位にしがみつくためになりふり構わず騒ぎはじめる未来を予見し、暗澹たる気分に包まれている。

 


 ニューデール政策が失敗裡に帰すわけだ。

 


 これまで何度も繰り返してきたことであるが、敢えて今一度書いておこう。真珠湾の爆音に、誰よりも蘇生の心地を噛み締めたのはフランクリン・ルーズヴェルトその人であったに違いない。

 

 

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