折角のクリスマス・イヴである。
清しこの夜にあやかって、イエス・キリストにまつわる小噺でもさせてもらおう。
イエス様が神の子たる自分自身を発見し、この地上を救済すべく方々で奇蹟をふるまいながら伝道に努めていた頃のこと。彼の足は、たまたま生まれ故郷たるベツヘルムの村へと向いた。
ところがこの村落の人々は、イエスの幼年時代をようく見知って記憶しているだけあって、成長した彼が如何に高尚なことを説いても――いや、その内容が高尚であればあるほど却って――、
「大工のヨセフの倅ふぜいが、何を偉そうに語ってやがる」
とせせら笑い、ひたすら滑稽がるのみで、まともに耳を傾けようとしなかったという。
「預言者郷里に容れられず」という諺はここから生まれた。
日本にも、これと似たような例はある。
時は鎌倉、北条氏による執権政治華やかなりしあの時代。真言亡国、禅天魔、念仏無間、律国賊と、既存の宗教一切を敵に回して悪罵を投げつけ、自ら開いた法華経のみを唯一絶対の国教の地位に据えるべく、比類なき野心のもと宗教運動を展開した日蓮大菩薩がすなわち
この人もその郷里たる安房の村落ではあまり流行らず、否、はっきり言ってその勢力は微々たるものに止まって、人々は日蓮曰く「天魔」であるところの禅宗にこそもっぱら帰依していたという。
洋の東西を問わず、宗教家というものはその故郷ではあまり崇敬されないらしい。
そこをいくと権力者はいい。断じてこのような無様を味わうことがない。ためしに豊臣秀吉が関白の位に叙せられて、位人身を極めた後にその郷里を訪れた際の光景をみるがいい。
村長以下、昔日の「上役」達はこぞってバッタよろしく地に這いつくばり、自分達がどれほど彼に対して恐れ謹んでいるかということを、全身で以って表現せねばならなかったではないか。
幼い日吉丸を虐めて遊んでいた餓鬼大将なぞは、報復を恐れるあまり既に死んだことになり、暗いところで息を殺して逼塞し、姿をあらわすことすら叶わなかった。
男の夢とはこういうものだ。秀吉は、かつて「猿」と蔑まれたあの小男は、さぞや気持よかったろう。
生れの卑しい成り上がり者でも、権力の頂点――天下人として君臨したなら斯くの如しだ。武力による後ろ盾の心強さがよくわかる。やはり私は天上の法理を説く宗教上の聖人よりも、闘争の果てに地上の支配権を獲得する武人・覇者の方が断然好みだ。憧れを託すのであるならば、彼らにこそ託したい。
雄弁と巧言に軍事上の名声が加わると、人々はそれらの条件をそなえた人物に心服しがちである。なぜならその人物は雄弁と巧言を操ることによって人々に、自分は危険でないという保証を与え、軍事上の名声を利用して、他者の脅威から守ってやるという保証を与えるからである。(『リヴァイアサン』178頁)
筆を動かすほどに論旨は蛇行し、気付けば当初の目的であるキリストについては冒頭で少しく触れたのみ、クリスマスに至っては全然関係なくなってしまったが、思考の赴くまま頭の中に浮んだことを次々書き連ねたという点に於いて、確かに随筆的ではあるだろう。
それでは皆様、良き生誕祭を。
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