穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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嵐の前の名士たち


 音頭役が菊池寛である所為か。


 昭和六年開幕早々、文芸春秋社に於いて催された新春記念座談会の雰囲気は、明らかに暴走気味だった。

 

 

Bungei Shunju (head office 3)

Wikipediaより、株式会社文芸春秋

 


 出席者らのテンションはヒートアップの一途をたどり、鎮静のがまるで見えない。政治問題、宗教問題、挙句の果てには陰謀論と、あからさまにヤバいゾーンへ話頭が飛んで行こうとも、誰も引き戻さないのだ。

 


「日本社会の行き詰まりは戦争か社会革命による以外に展開の途がもはや無い」

 


 右にも左にも刺されそうな沙汰事を一息に叫びあげたのは、なんと山本条太郎


 ちょっと前まで満鉄社長をやっていた、ことし六十四歳になる彼である。


 これを聞くなり、菊池寛


「卓見、卓見」


 膝を叩いて感服の意を表明したから堪らない。小綺麗にまとまりをつけるより、焚火に爆竹を投げ込んで大いに喜悦よろこ性質たちだろう。


 ときに、「山本条太郎」――。


 この姓名は冷蔵技術の期待者として、筆者わたしの脳裏に鮮やかである。

 

 

昭和館にて撮影。氷冷蔵庫)

 


 話はちょっと遡る。


 大正十年度のことだ。


 物価騰貴に起因する生活難の拡大に、日本内地の民草の不満と苦痛は増すばかり。拱手傍観、無為無策、要路一同ことごとく阿呆面アホヅラ晒して事態を放置した場合、不満はやがて憎悪に変質するだろう。時局匡救の妙策を、有力者らは模索した。


 それに際して満洲の富源」に目を向けたのが、山本条太郎だったのである。


 一歩アチラに踏み込めば、良質の牛肉や鶏卵が嘘のような安値で取引されているのを、彼は指摘し、輸入拡大を唱えると共に、それに併せて、

 


「…従来の様に輸送したのでは多くは腐敗させ牛肉の如きは三分の一位は船の中で日本へ来るまでに腐ってしまふから冷蔵船を仕立てゝ完全に輸入する様にすれば余程物価が安くなる

 


 と、問題点の洗い出しまでやってくれたものだった。 


 折しも大正十年は「世界冷蔵協会」たら云う妙な機関がパリに於いて設置され、日本にも外務省あてに加盟要請が来た年だから、何かしらの影響を蒙ったのではなかろうか。


 まあ、蛇足に蛇足を継ぎ足す愚行は、この辺で止めにするとして――。


 とまれかくまれ、その山本が昭和六年にもなると、「外戦か内戦か」的な過激論を弄する男になっている。

 

 

Jyotaro yamamoto

Wikipediaより、山本条太郎)

 


 世相の悪化がどれほど著しかったか、おのずと察し得るものだ。


 だがしかし、この席上で誰より烈しく気を吐いて激越な弁を打ったのは、山本条太郎にはあらず。――圧倒的に、福澤桃介こそだった。


 論より証拠、ごろうじろ。

 


「世界の人口は今のところ十七億内外だが若し、米国のやうな高速式文明生活を営むとすれば、目下の物資状態では二十三億の人口を以て限度とする。
 ロシアの如く生活を下げれば五十億、支那なら更に六十億までの限度はあらうが、アメリカはその高度文明生活を維持するために、二十三億を標準とするから、それ以上殖えるのは、享楽生活の障害になる。だから少し人類を整理する必要に迫られる……つまり戦争をやって殺すより方法はない。
 科学文明のアメリカが飛行機で襲来して爆弾を投下すれば、大東京の人口は一人残らず殺されて了ふ。アメリカとしては誠に都合がよいわけである。日米戦争は兎も角として、世界戦争が近年に再開さるゝことは疑ふべくもない

 


 再演でも再発でもなく、「再開」と言っているところが良い。


「これは平和などではない。たかだか二十年の停戦だ」――フォッシュ元帥の警告とも一致する。桃介自身、あるいはコレが念頭にありきの発言ではなかったか。


 生活水準を下げるくらいなら人間は、むしろ間引きと虐殺により総人口を減らそうとする習性ならいであるとの御指摘も、実は大英帝国がとうの昔にやっている。


「高い生活水準に慣れた国が、その生活水準を低下しなければならない破目に直面した場合、大人しく生活上の快楽を犠牲にするよりも、むしろ人口を減らそうとするのが普通である。十九世紀の神学者ウィリアム・ラルフ・イングによる発見だった。

 

 

 

フリーゲーム『Chronicle of Grim Reapers』より)

 


 奇矯なようで、実は意外とそうでない。堅固な知性に基いている。福澤諭吉の婿養子は、流石に頭脳あたまが冴えている。


 桃介の舌の回転は、なおもとどまるところを知らぬ。更に語を継ぎ、今年の抱負を展開するに、

 


「近頃資本主義の行き詰まりといふことをいふが、それは銀行制度を改革せねば打開されぬ。由来バンキングシステムは世界の金権を左右するユダヤ人の編み出したもので、ユダヤ人は二千年前に国を失って以来、国籍なき世界的ルンペンである。従って国家観念は毛頭ない。このユダヤ思想を如実に反映してゐるのが銀行制度で国家なぞはどうでもよいといふ行き方を銀行家がやる。助かるべき産業も、この非国家的高利貸根性の無慈悲の扼殺で参って了ふ、吾々は奮然起ってバンキングシステムの改革に当る決心だ」

 


 まるで「ユダヤの陰謀」めいた、凄まじい言を以ってした。

 

 

(中央、ジョン・ロックフェラー

 


 昭和六年、五・一五事件の、ちょうど前年。


 歴史の流れが怒涛となって逆巻く間際に、このセリフはあまりにも――…。

 

 

 

 

 


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