穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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マイト夜話 ―ニトロとアルコールの出逢い―


 酒の肴に工夫らは、ダイナマイトを嗜んだ。


 その頃の鉄道省の調査記録を紐解けば、明らかになる事実であった。


「その頃」とは大正後期、日本に於いても津々浦々でトンネル工事が盛んになってきた時分。


 掘削作業の能率を飛躍的に高めた発破、それを為すためのダイナマイトを、しかし現場の労働者らがしきりとちょろまかすのだった。

 

 

Caisse dynamite nobel paulilles expo

Wikipediaより、ダイナマイト)

 


 それで何をするかと言えば、刺身にして食すのである。


 このあたりで筆者わたしは一度、我が眼を疑い顔を上げ、眉間を強く揉みほぐし、二、三度深呼吸をした。


 それで視線を紙幅に戻せど、むろん文面は変化せず。ダイナマイトを肴にして呑む酒は、酔いのまわりが非常に早く、陶然たることまるで浄土に遊ぶが如し――。


 そんなイカレた証言が、しっかり記載されていた。


 まあ、そりゃあ。ダイナマイトの要たるニトログリセリンの効果としては、自他を吹っ飛ばすのみならず、狭心症の薬としても機能する。舐めると甘いとも聞いた。血管を拡張する以上、アルコールとのちゃんぽんは、おそろしく相性良いだろう。

 

 

アルフレッド・ノーベル

 


 しかし、にしても、酔わんがために爆発物まで喰らうとは、あんまりにも見境のない、まるでロシア人の所作ではないか。パンを用いて靴クリームに含まれるアルコール分を抽出し、かっ喰らっていた連中と、本質的に大差ないように思われる。


 なお、ついでながらロシアといえば、前回、前々回と立て続けに触れてきた、『現代世界通信』中に、――清澤洌の例の著作の内部には、ソヴィエトロシアの歴史的ビッグイベントである大粛清の記述もあって、コミュニストどもが如何に異様な眼差しで列国から視られていたか、よく分かるようになっている。

 


ヴォルテールは神が存在しなかったら、人間は神を発明したであろうといった。同じやうにソ連においては反革命陰謀がない場合には、これを発明することを必要とするだらう。それはその組織の不可分なる構成分子である。ソヴィエト政府即ちスターリンの実力は、常に誇示されなくてはならぬ。そして彼の敵に対する勝利は、たえず祝賀されなくてはならぬ。…恐怖による政治は、何人をも常に恐怖させておくことを必要とする。この不断の恐怖は人間をヒステリーに導く。そしてそれは劇化ドラマタイズされねばならぬ。裁判はその劇化の一現象だ」

 


 これは『デイリー・テレグラフ記事を清澤が和訳したものだ。

 

 

Stalin Image

Wikipediaより、スターリン

 


「ロシアの士官団の能率は近時の銃殺と逮捕の故に毀損された。そしてその逮捕は単に軍隊上層部に止まらないのである。ロシアにおける最も有能なる司令官は殺され、それ等の事実から士官団の中には恐怖と阿諛の精神が満ちてゐる

 


 同様にマンチェスター・ガーディアン』から。


「最も有能な司令官」とは、赤いナポレオン、トハチェフスキーあたりだろうか? 候補、すなわち粛清された軍人があまりに多過ぎ、どうもいまいち絞り切れない。


 清澤自身の観察、あるいは意見としては、

 


「被告が死刑を前にして何故に『私はスパイであります』『私は売国奴であります』とスラスラ自白してゐるかについては、殊に英国辺においては、その『自白』を信じないだけに、一般の謎とされてゐる。拷問、恐喝といふやうな普通の想像以外に、ロシアでは特別な薬物が発見されて、これを飲ませると被告が検事の云ふ通りに自白するのだといふやうな記事が、まことしやかに新聞にのって居り、また催眠術にかけるのだらうと書いてゐたものもある。ロシア人の心理状態は到底欧州人には分らぬといふのが、かれ等自身の優越感を加へての感想であろう

 


 まず、このあたりが相応しかろう。

 

 

赤軍兵士)

 


 いずれにせよ、だ。「ロシア人と同レベル」という評定は、日本人にとり決して名誉なことでない。

 

 

 

 

 


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