文学博士・中山久四郎の説である。
──何を言い出すんだこの男。
頭の調子を疑いたくなる、突飛な話に聴こえるが、相手は仮にも東洋史の専門家。
その肩書きに敬意を表し、よくよく耳を澄ましてみると、まんざら道理がなくもない。

そのコロンブスを冒険へと駆り立てた、彼の巨大な欲望・憧憬・好奇心の源は? ──もちろん『東方見聞録』、マルコ・ポーロ一世一代の旅行記だ。
マルコ・ポーロがその書を
ここに因果は結ばれた。「七つの海の開拓」と「騎馬民族の半神的英雄」と、なるほど確かに一定の連鎖は認めて可であろう。この辺の論理展開を中山自身の言葉によって表現すると、
「ジンギスカンが出たればこそ東洋にあれだけの大きな国が出来た。その為にマルコ・ポーロが東洋にやって来た。マルコ・ポーロは東洋の支那や日本を恰も極楽浄土のやうに吹聴した。それが十五六世紀頃の遠洋航海の隆盛、延いては植民地発見の一つの原因になってゐる。…(中略)…さういふ風に二つ三つ段階を重ねると、ジンギスカンの為にあゝいふことが起ったとも云へる」
斯くの如きになるわけだ。
それやこれやをひっくるめ、中山は世界史上最も偉大な働きをした人物に、ジンギスカンを推したほど。彼と、彼の築いたモンゴル帝国というものを、それほど重く見積もった。

朝青龍も満悦な、そういう感性だったろう。
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