穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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善はせず 悪を重ねて 死ぬる身は


「スリの金太」がまた捕まった。


 その一報が伝わるや、


「あの業ざらしのくそじじい、いい加減大人しくならんのか」


 警官、法曹関係者、監獄吏員に至るまで、俗にいわゆる犯罪処理を生業なりわいとする人々は、一様にゲンナリさせられた。


 さもあろう。


 昭和四年の収監時点で、金太の年齢、八十七歳!


 米寿到達あと一年を残すばかりの、驚くべき高齢である。


 犯罪に次ぐ犯罪、娑婆と牢屋の反復動作で一生涯を塗り固め、死後はもちろん地獄行き、閻魔様がヤットコ磨いて今か今かと待っていること疑いなしの「伝説のワル」。それが「スリの金太」こと、本名・菊池金太郎の包み隠さぬ素性であった。

 

 

(スリの金太)

 


 齢十八歳の折、ふとしたもののはずみから人を殺めちまったのが、浮世の表街道からの転落の契機きっかけであるという。


 以降、金太は二度と再び、日の差す場所へは戻れなかった。


 戻る気があったかどうかも不明だ。


 ただひたすらに他人の懐中を当てにして、盗みの技術で口に糊をし続けた。


 前科は二十をゆう・・に超えるが、実際に犯した悪事の数は、その五倍、十倍ぽっちでは到底おさまらないだろう。たまたま運に恵まれず、発覚、御用となったのが、それだけだったという話。

 

 

(銀座の夜店)

 


 更生の余地なし、筋金入りの犯罪者、他者ひとに迷惑をかけるため生れてきたモンスター。そのような共通認識のもと、誰も彼もが金太のことは見放した。


 ──お前さんはもう、勝手にしろ。


 と、愛想も尽き果て、呆れるばかりの心境である。


 第一、八十七歳と、こんな高齢者に向かい、今更生き方を改めろなど、説教する側こそが何やら変な虚しさを感じずにはいられまい。


 ところがしかし反対に。──金太は決して浮世に対し、愛想を尽かしはしなかった。

 

 

(開園間もない錦糸公園

 


 この男はより長く、より幸福に生きる希望のぞみをあくまでも、捨て去りなどしなかった。


 昭和四年の彼の逮捕は、捕まりたくて態とやった形跡がある。


 寄る年波に禍されて、かつての如き早業はもはや到底ふるえぬと、自覚するところがあったのだろう。


(俺も誰かに自分の老後の面倒を見てもらわねばならない時期か)


 その現実を受け容れて、さりとて親戚全部からとっくの昔に縁を切られて住所不定の金太としては、頼れる相手は、もはや、もう、「お上」以外に有り得なかった。


 早い話が刑務所を、老人ホームの代用として利用せんと試みた。


 ──ノタレ死になど、誰が晒してやるものか。


 そんなどぎつい「生きることへの執着」を、「スリの金太」の晩年からは感じずにはいられない。

 


善はせず悪を重ねて死ぬる身は
地獄の釜の底を突きぬく

 


 漫画家岡本一平狂歌を体現する者として、さぞ相応しきことだろう。

 

 

 

(viprpg『生きろ、そなたは美しい』より)

 


 ──以上の話は、専ら植原路郎の、『明治大正昭和 大事件怪事件誌』の記述に基き組み立てさせていただいた。


 本書が上梓の運びとなった昭和七年時点に於いても金太は未だ存命で、塀の中にて無事に米寿を迎えた挙句、今やまた、齢九十の大台にまでこのまま到ってくれようず──と、意気込み新たに日々を重ねていたそうな。


 悪人というのは、実にしぶとい。

 

 

 

 

 


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