穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2020-04-01から1ヶ月間の記事一覧

ロシアンセーブル物語 ―シベリア開発を支えた毛皮―

黒貂(くろてん)こそは、実にシベリアを象徴する野生獣でなければならない。 ロシア人の東進にかける熱情は、屡々「本能の域」と評された。「不可避的傾向」とみずから告白したこともある。なるほど僅か100年前後の短期間中にウラル以東の無限に等しいあの…

鎖と笞の土地 ―シベリア鉄道建設哀史―

シベリア鉄道着工当初。―― ユーラシア大陸を東西にぶちぬくと言っても過言ではない、この人類史的大事業を遂げるにあたってロシア政府は、囚人の使用を最低限にとどめるべく努力した。それよりも、なるたけヨーロッパロシアに犇(ひし)めいている労働者を動…

近江商人とユダヤ人

どことなく、近江商人に似ているように思われた。 遡ること一世紀半前、夢を抱いてアメリカに渡ったユダヤ人たちの姿が、である。 新大陸にたどり着いたこの人々がいの一番にやることは、およそ相場が決まっていた。 先着の同民族からわずかばかりの資本を借…

続・銀座久兵衛と鮎川義介 ―米内光政、空襲下でも寿司を喰う―

この写真が撮られたのは、昭和十九年十月十五日、鮎川義介の屋敷に於いて。 絶対防衛圏と定めたマリアナ諸島が、しかしながらアメリカ軍の猛攻に次々破られ、日本の敗色、もはや覆うべくもなくなった、戦争末期の一コマである。 僕は当時内閣の顧問をしてい…

銀座久兵衛と鮎川義介

戦時中、鮎川義介が面倒を見ていた呑ん兵衛は、実のところ伊藤文吉のみでない。 今田寿治(ひさじ)という寿司職人も、銘酒「白鹿」の恩恵にあずかっていた一人であった。 そう、日本きっての高級寿司店、「銀座久兵衛」の創業者たる彼である。 久兵衛は酒が…

アフガニスタンの酒事情 ―イタリア人の挑戦―

アフガニスタンは回教徒(イスラーム)の国である。 ハラールの定めに従って、その国民は豚はもちろん酒も呑めない。 しかしながら外国人にまでそれを強要してしまうほど、彼らは狭量でなかったようだ。少なくとも、近藤正造滞在時にはそう(・・)だった。 …

アフガニスタンの日本人 ―建築技師、近藤正造―

近藤正造がアフガニスタンに旅立ったのは、昭和十一年二月二十六日、降り積もる雪を踏んでであった。 奇しくもこの日、帝都では、陸軍青年将校が暴発。斎藤実・高橋是清をはじめとした数多の要人を殺傷し、政府関係機関を占拠する空前の不祥事――「二・二六事…

英国精神小話四撰

Ⅰ 贋金造りで逮捕されたその男性は、審理の席で自分が如何にみじめな境遇に置かれていたかを泣くような声でアピールし、以って衆の同情を誘い、情状酌量の余地を一寸でも拡大すべく努力した。 「――このようなわけで、私は家賃の調達すらままならず、人並みの…

北海道の「ルンペン汽車」 ―心に余裕なき世界―

そのころの札幌市に、「ルンペン汽車」というものがあった。 なにしろ冬の北海道の寒さときたら、お世辞にも人間の生存に適しているとは言い難い。 家なく職なく寄る辺なく、やむにやまれず路上生活を営んでいる人々が、十分な防寒手当てを用意できるはずも…

鮎川義介漢詩撰集

元日産自動車株式会社役員という繋がりゆえか。 衆議院議員・朝倉毎人が鮎川義介を題材に編んだ漢詩は数多い。 (朝倉毎人) その中から特に秀逸と感じたものを得手勝手に抄出すると、大方次のようになる。 雲煙飛躍満華箋描出毫鉾画裏仙餘技義翁能若此朝昏…

北米大陸の鮎川義介 ―ストロング・イズ・ビューティフル―

朝倉毎人が詠うところの「秘術」を求め、北米大陸に渡った鮎川義介。 来着早々、彼はここでも日露戦争の齎した波紋を実感せずにはいられなかった。 なにせ、行き交うアメリカ人というアメリカ人が、みな大日本帝国を知っている。 知識人はともかくとして、ほ…

不遇をかこつ日本人 ―ボルネオと満洲の事例から―

西ボルネオの港町、ポンティアナックが未だオランダの統治下にあった頃のこと。やがては赤道直下の諸都市群中、最大規模に膨れ上がるインドネシアのこの街も、第二次世界大戦以前に於いては人口せいぜい三万程度の一植民地に過ぎなかった。 (ポンティアナッ…

「ファイナルファンタジー」への所感 ―FF7Rを前に―

『FINAL FANTASY Ⅶ REMAKE』を購入。 だが、コレを発売日に買っていいものかどうか、随分悩んだ。 『テイルズ』に於ける『ゼスティリア』と同様に、『ファイナルファンタジー』シリーズは『ⅩⅤ』によってその声望を大きく落とした。味噌がついた、といってい…

鮎川義介、危機一髪 ―日比谷焼打ち事件の火の粉―

歴史を揺るがす大事件に、なにかと際会しがちな人物だ。 鮎川義介のことである。 日比谷が焼けた現場にも、この人はいた。最前列で見物していた。 ポーツマス条約の内容が報道されてからこっち、 ――こんな馬鹿な条件があるか、屈辱もまた甚だしい。 ――十万の…

夢路紀行抄 ―不思議のダンジョン「狛犬の台座」―

夢を見た。 門前町の夢である。 神社への参道沿いに細長く形成されたその町は、歴史の滲みた土産屋などがところせましと軒を連ねて、参拝客でごった返し、あたかも縁日の趣を呈していた。 ――わが国目下の情勢では顰蹙を買うに相違ない、そんな光景の只中を。…

エピキュリアンなみやこびとたち ―石田幸太郎の観察―

もし仮に、時の法則を誤魔化して、百年前の日本人を現代(いま)に連れてこられたとして。 東京の街並みを見せたところで、これがかつての江戸であると合点し得る人物は、おそらく一人も居はすまい。 それほどまでにこの関東平野の新興都市は変化しすぎた。…

下田将美の驚愕 ―大阪人士の値切り交渉―

時事新報の記者であった下田将美は、しかしながら昭和七年、諸々の事情で大阪毎日新聞に移籍している。 言語、習慣、人情、食事――東西の相違は想像以上に多岐に及んで、屡々下田を面食らわせた。 とりわけ衝撃的だったのが、大阪人の値段交渉のしつこさだ。…

夢路紀行抄 ―きれいにならぬ―

夢を見た。 不毛極まる夢である。 夢の中、私は慣れ親しんだ自宅のシンクに突っ立って、ひたすら洗い物に勤しんでいた。 山積する汚れた食器を、無用な水道代が嵩まぬように効率を心がけつつ雪いでゆく。 ところがこれはどうしたことか、泡を落として水切り…

祇園、春の夜、夢うつつ

春寒の花見小路は灯しけり 長田幹彦の歌である。 未だ電車も通らねば、電柱の一本も立っていなかった嘗ての祇園。桜舞い散る春の夜、闇の黙(しじま)を仄かに照らすは篝火と、煽情的な赤提灯ばかりであって、詩情を掻き立てること無限であった。 宛然画中の…

露鷲英獅の具体例 ―房総半島狼藉の顛末―

対外姿勢の軟弱を倒幕の重大な口実として成立した明治政府は、しかしその初期に於いて明らかに、旧幕府よりも外圧に対して弱腰だった。 その理由の詮索は、ひとまず措こう。 眺めたいのは具体的な例である。大は堺事件から、小はこんなものまである。「露鷲…