穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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鎖と笞の土地 ―シベリア鉄道建設哀史―

 

 シベリア鉄道着工当初。――


 ユーラシア大陸を東西にぶちぬくと言っても過言ではない、この人類史的大事業を遂げるにあたってロシア政府は、囚人の使用を最低限にとどめるべく努力した。それよりも、なるたけヨーロッパロシアひしめいている労働者を動員して仕遂げたいと念願していた。


 ところが、どんなに緻密な計画も実行に移した瞬間から崩れ出すという格言通りに。


 この目論見は、のっけからして躓いた。

 

 

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 どうも当節、欧露に在った労働者組合の多くには、革命志向の赤色分子がかなりの率で紛れ込んでいたらしく、しきりに周囲を煽動し、ストを起こして国家の疲弊に余念がない。


 この鉄道が祖国にとって如何に重大な意味を持つかを説いたところで、現体制をぶっ潰したくて足ずりしている連中のこと、だから・・・こそ・・となおさら妨害工作に精を出すから始末に負えない。


 こんな連中を頼みにしては、それこそ百年かけても大陸を繋ぐことなど出来ないだろう。


 政府は方針転換を余儀なくされた。もはや一般労働者は念頭に置かず、全然別の社会から必要とされる人的資源を確保せんと試みた。


 すなわち、軍人、囚人、そして支那人苦力である。

 

 

Russian prisoners at work at the Amur Railway

 (Wikipediaより、アムール鉄道工事に従事する囚人たち)

 


 かつて間宮林蔵が探検した樺太からも、多くの囚人とそれから獄吏が、ウスリー線敷設のため間宮海峡の向こう側へ呼び寄せられたものだった。


 彼らの待遇について、ソヴィエト文化研究の第一人者、尾瀬敬止は次のように書いている。この人物はシベリア出兵当時、調査員として日本政府から派遣され、オムスク政府の最高執政、アレクサンドル・コルチャークとも直に面談した経歴を持つ、斯かる道の権威であった。

 


 いよいよ線路工事が始まって見ると、特に割りの悪い仕事に方へ廻されてゐるのは、やはり囚人工夫たちであった。彼等は、石の多い山地や、悪臭を放つ沼沢地や、密林の中へ追っ立てられた。また、見上げるやうに大きな岩を取りのけろと、いかめしく命令されたばかりではない。さらに、寒い冬でも、遠いインペラトール湾の沿岸まで、線路用枕木を探しに行かねばならなかった。(昭和十九年『シベリアの自然と文化』54頁)

 


 どうもこれを見る限り、死ぬことを前提に使われていた観すらある。


 事実として、彼らはバタバタと凍土の上に屍を晒した。密雲よりも濃厚に絶望が四囲を取り巻く生き地獄。このような窮境に置かれた場合、人間が次に起こす行動など決まり切っているだろう。


 案の定、囚人たちは蜂起した。


「反抗――然らずんば死を」


 の合言葉を熱唱し、ウラジオ目指して暴動を起こした。

 

 

View of Vladivostok from Space

 (Wikipediaより、ウラジオストク衛星写真

 


 こう書くと、なにやらCall of Duty: Black Opsを彷彿とさせる情景である。ヴォルクタ強制収容所からの脱出を目論み盟友ヴィクトル・レズノフと、獄吏どもを血祭りにあげるあの局面。没入感と爽快感に満ち満ちた、たまらぬ展開の連続だった。


 が、現実はゲームのように甘くない。


 いくら熱意が盛んだろうと、メインウエポンがツルハシではいかんせん。そう時をかけず、暴動は鎮圧される運びとなった。


 結局のところ彼らの意気は、大量の血と肉片をぶちまけただけのことで終わった。


 凍りついた大地の上ではなかなかこれが滲み込まず、乾いたものが風に吹かれて静かに散っていったという。

 


 かかる大悲劇の中で、真に数万の囚人たちが血と涙を絞って完成したものが――実に、このウスリー鉄道なのである。
 断はるまでもなく、シベリア横断鉄道は、単にウスリー線のみによって代表されるものでは決してない。しかるに、前述したごとく、その一支線であるに過ぎないウスリー線の線路工事が、かかる大悲劇をさへ生んだとすれば、他は推して知るべしであらう。約言すると、同横断鉄道の建設は、この画期的な事業にたづさはる者以外には絶対に想像を許されないほどに、多くの犠牲が払はれたことを知るべきである。(54~55頁)

 

 

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 シベリアという語感には、いつの時代も拭いきれない悲劇の色が付き纏う。


 その昔、とある政治犯がこの地を指して「鎖とむちの土地」と呼んだそうだが、日本人とてこの形容から無関係ではいられまい。戦後不当にも抑留された人々の悲劇は、断じて忘れていいものではないのだから。

 

 

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