女だてらに鳥撃ちとは珍しい。
ましてや大正の聖代に。──時代の空気に背くこと、おてんばどころの騒ぎではない、モダン・ガールともまた違う、破天荒な気性によって、世間の耳目をだいぶどよめかせた
同市に於いて特許代理業という怪っ態な仕事に就いていた、堤

(大阪、難波橋)
鳥撃ちは、もともとこの他彦の──旦那様の趣味だった。
とみ子はというと盆栽いじりを専ら事とする人で、鉢に植えるに丁度いい樹を探すのに、山野を駆ける夫の後を屡々追っていったのが、彼女にやがて新たな扉を開かしめる
というのも、獲物を狙って息を詰め、銃を構える夫の姿、やがて聴こえる景気のいい発射音、機能美に徹した銃そのもののデザインセンスに至るまで、──そのことごとくが面白く、興趣に富んでいたものだから、
(わたくしも。──)
ああいうことをしてみたいという衝動が、胸の底からむらがり湧いて、とうとう抑えきれなくなって。
ある晩、夫に打ち明けて、ひたすら頼み込んだ末、想い通じて報われて、斯かる道の手ほどきを請け負わせるまで漕ぎ着けたということである。
単発式の銃を用いて、
三、四尺ほど離れたところに立てた蝋燭の
空砲により吹き散らす。
基本的な構え方や装填法を学んだ後は、およそそのような遣り方で腕に磨きをかけたとか。

三年が過ぎた。
他彦から見て、とみ子の技量は一定以上の水準に──実弾を籠めていいレベルまで十分達しきっていた。
(このぶんならば次の段階に駒を進めて構うまい)
それが意味するところはひとつ。
待ちに待ったる、実践の日の到来である。
「奈良と京都の間の棚倉の上の山で生れてはじめて山鴫を射ちとめた時の嬉しさは未だに忘れ得ませぬ、それも主人の撃った後から私が
上すなわち、本人の弁。
仲睦まじく、微笑ましくて結構だ。

(山鴫)
夫婦共通の趣味があるということは、やはり何かと得であるのやも知れぬ。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
この記事がお気に召しましたなら、どうか応援クリックを。
↓ ↓ ↓
![]()
