穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

※当ブログの記事には広告・プロモーションが含まれます

2020-06-01から1ヶ月間の記事一覧

忘れ去られた農村歌

田舎の夕暮 見渡す限り遥々と、田の面(も)の草も朽ち果てゝ、独り残りし尾花さへ、今は影だになかりけり 残り惜しげにたゆたひし、夕日の影も今は早、明日のあしたを契りつゝ、彼方の山に隠れけり 今日の餌にや飽きにけん、三ツ四ツ二ツ後や先、産土神(う…

続・明治鉄道物語 ―鉄路を支えた木について―

日本に鉄道ブームが起きたのは、明治の中ごろに於いてであった。 撮ったり乗ったりする方ではない。敷設事業が、流行りに流行りまくったのだ。 その嚆矢は、日本鉄道会社が務めた。東京と青森を鉄道で繋ぐ――世にもきらびやかな大目標をぶちあげて、明治十四…

ポーツマス条約うらばなし

ロシアからウィッテが来ると聞いたとき。合衆国大統領セオドア・ルーズベルトは知己である金子堅太郎に向かって、 「日本からは伊藤博文を出すべきだ」 と忠告したとのことである。 幾度となく内閣総理大臣を務め上げ、現在でもなお枢密院議長という立場に納…

古書の醍醐味 ―はがき・切り抜き・朱印篇―

昭和二十三年――すなわち1948年12月の西日本は、常ならぬ暑さに見舞われたという。 佐賀県では八重桜がもう開き、花見をしながら年越しというのも乙なもんよと酒盛りを始める見物客が山と詰めかけ、その風体もほとんどがワイシャツ一枚という軽装で、季節感も…

道徳的近眼者の跳梁跋扈

最初私はそのニュースを真に受けず、 ――イギリス人め、またぞろあく(・・)の強いブラックジョークを飛ばしやがった。 彼ら一流の当てこすりと判断した。 そりゃあそうだろう、「ピラミッドは奴隷労働の産物だから破壊すべき」だなんて暴論、いったい誰が真…

日本の暗号、5000フラン

日本の機密はよく漏れる。まるで老朽化した水道管さながらのダダ漏れぶりだ。中でも暗号に至っては、まるで破られるために存在しているような向きすらあろう。 大東亜戦争でも、ワシントン会議でも、日露戦争の時点に於いてもそうだった。一握りの高官しか知…

夢路紀行抄 ―鏡に映るは―

夢の中で鏡を覗くということは、考えようによってはひどく不気味な行為でないか。 丁度そんな体験をした。 つい今朝方のことである。 手洗いを終え、水滴を拭っている最中、何の気なしにふと顔を上げ、目の前の鏡に視線を投げる。 どこの家の洗面所にもあり…

安政の大獄前夜譚 ―腥風―

その日(・・・)に先立ち、堀田正睦以下幕府側の面々は乾坤一擲の大勝負に出た。 もはや通常のやり口では条約勅許の一件を引き出すことは不可能と断じ、思い切って極論をぶつことにしたのだ。 具体的には、ここで条約を拒否しようものならたちまち戦争、国…

安政の大獄前夜譚 ―九条関白の変節―

結果から先に言ってしまえば、堀田正睦は敗北する。 必死の周旋もとうとう実を結ばずに、林大学頭と同様、空手で京を去らねばならない破目になる。 しかしながらそこに至るまでの道筋は、決して平坦なものでなく、紆余曲折、起伏重畳せしものだった。 ある時…

安政の大獄前夜譚 ―京の魔窟化―

幕府が如何に上方を軽視しきっていたかについては、勅許もまだ得ていないのに、いそいそと条約調印の日取りを決めてしまっていたという、この一事からでもよくわかる。 彼らにしてみれば、それは規定事項以外のなにものでもなかったのだ。 ――長袖者流ふぜい…

安政の大獄前夜譚 ―安政か、「闇政」か―

タウンゼント・ハリスがアメリカ合衆国を代表し、江戸城本丸表向の大広間で徳川家定と対面したのは安政四年十月二十一日のことである。 それに先立ち、幕府要路の人々は、この一件が内(・)に齎す衝撃度合いを考慮して、なんとかそれを最低限に押し止めんと…

安政の大獄前夜譚 ―アロー戦争が日米修好通商条約に与えた影響―

※2022年4月より、ハーメルン様にも投稿させていただいております。 黒船来航から安政の大獄に至るまで、歴史の経過を指でなぞるようにたどってゆくと、つい直弼への同情心が押さえ難く湧いてくる。なるほどこれは、弾圧したくもなるわけだ、と。 それほどま…

大震災にまつわる川柳

権兵衛のやがて耕す焼野原 五七五の定型的に考えて、公称である「ごんのひょうえ」よりも「ごんべえ」と読むのが正しかろう。 言うまでもなく、関東大震災の翌日に組閣された第二次山本内閣を題材とした川柳である。 (Wikipediaより、山本権兵衛) 以前にも…

実験動物物語 ―ウサギ、梅毒、狂犬病―

梅毒の研究には、主にウサギが充てられた。 むろん、実験動物としてである。それもただ病原体を射ち込んだだけではうまく感染しないから、態々睾丸に注射する。 想像するだに血の気の引くような話だが、それでもまだ狂犬病の実験に使われるよりかはマシだろ…

迷信百科 ―祈祷と疫病―

わが 大八洲(おおやしま)に天然痘が入って来たのは、未だ物部だの蘇我だのが権力闘争に明け暮れていた飛鳥時代。仏教の伝来と、ほぼ重なるとされている。 この病を罹患した人間の苦しみというのは筆にも舌にも尽くし難い、一種惨烈なものがある。人が、生…

炎の導きのあらんことを ―日本に於ける「火継ぎ」の文化―

ヒメとは火女であり、火に仕える女が由来であるとする説が、一部に於いてかなり以前から行われている。 古人にとって、なるほど火とは容易に消すことを赦されぬ、末永く保存されねばならない真に尊貴な現象だった。それはなにも宗教的な意味に限らず、実生活…

膵臓小話

胃の裏側に横たわるカズノコみたような形の臓器を、杉田玄白以下蘭学者たちはまず初め、「大機里爾(だいキリール)」と銘打った。 機里爾とは、すなわちKlier。オランダ語で「腺」を意味する言葉である。 この器官の主要目的がアルカリ性消化液の分泌と、血…

鶴嘴の威力 ―松屋水禽園の喧嘩―

見た目温順ないきものでも、怒らせると意外な戦闘力を発揮する。 あの見るからにツツマシイ、優美と典雅の化身が如き丹頂鶴さえ、そのあたりは変わらない。 百貨店界の首座を争い銀座三越と火花を散らす、「松屋」が浅草に支店を構えて間もないころだ。壁の…

代用品としての竹の活用 ―非常時に於ける智慧の数々―

竹から繊維を取り出して、それでさまざまな日用品を紡ごうとする試みは、実のところ戦前昭和の段階で既に実行されていた。 背景には、ABCD包囲網がある。 大日本帝国をぐうの音も出ないほどに締め上げた、列強による鉄箍の如き経済封鎖。過度の不足、ストレ…