見た目温順ないきものでも、怒らせると意外な戦闘力を発揮する。
あの見るからにツツマシイ、優美と典雅の化身が如き丹頂鶴さえ、そのあたりは変わらない。
百貨店界の首座を争い銀座三越と火花を散らす、「松屋」が浅草に支店を構えて間もないころだ。壁の塗りも新しい七階建築の屋上には遊園地をはじめとし、ペットショップやゲームセンター――当時の謂いで「スポーツランド」――が所狭しと軒を連ねて、ちょっとした娯楽王国の観があった。
その一角、「水禽園」と銘打たれた区画に於いて、問題の事件は起きている。
あらましは単純、ここで飼われていた丹頂鶴とペリカンが、ふとしたことから機嫌を損ね、しかも互いに譲ることなく、喧嘩にまで繋がったのだ。決着は早かった。飼育員が割って入る暇もなく、振り下ろされた丹頂鶴の嘴が、ペリカンをペリカン足らしめる特徴的なあの喉袋を濡れ紙が如く突き破ってのけていた。
ツルハシの漢字表記に鶴嘴と――
敗北者たるペリカンは、以来エサのドジョウを与えられても穴の部分から水と一緒にどっぱどっぱこぼれてしまい、その憐れさは人々をして顔を背けずにはいられなかったほどという。
しかし野生動物とは大したもので、ペリカンが負ったその傷も、三日もするときれいに塞がり、また元の通りにエサを喰えるようになったのだから安心である。
目を見張るばかりの再生力は、実は鶴の方にも備わっている。
浅草水禽園の喧嘩から十数年前、埼玉県の羽生町にて小花という医師の夫婦が鶴を飼っていたのだが、これがあるとき物のはずみで上の嘴を折ってしまった。残された半分程度の長さでは、めしはおろか水も満足に飲めるか怪しい。
そこで奮起したのが奥方だった。この鶴に従来与えていたのはドジョウと穀類。彼女はそれを、前者なら細かく切り刻み、後者ならスプーンの腹ですりつぶし、事によっては手づから喉の奥に流し込むような格好をしてまで、さも甲斐甲斐しく面倒を看続けてやったのだ。
思い通じて、鶴は急場を乗り越えた。
「今に至るまで丈夫で、嘴もすっかりもとの通りに復し、綺麗な姿をして夫婦の愛を鍾めて居る」と『動物夜話』には記されているから、少なくとも本書が出版された昭和十六年九月までは壮健だったに違いない。
歯を一本失っても二度と取り戻せない身としては、彼らのたくましさが少しばかり羨ましくなる。
再生医療の発達に期待だ。
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