来た子供ひとり
ぼんやり空を
ながめてる
空にゃ赤いとんぼ
いっぱいとんでゐる
大正十二年、関東大震災をテーマに、新潟の小学生が作った歌だ。
平成二十三年、東日本大震災が文字通り列島を震撼させた当時にも、実家の近くのアパートに福島から避難してきた家族があったのを思い出す。
それを痛ましく思えども、ただ痛ましく思うだけで、その感傷をこのように、歌という芸術の域まで高めることは到底私には成し得なかった。
年端もいかぬ小学生が本当にこれを作れたのか、父兄の代作ではないか――と、つい下衆な勘繰りに思考が奔ってしまうほど、秀逸な出来栄えといっていい。
が、新潟という場所と、この地方が置かれていた歴史的状況を勘案するに、これは少しも不自然ではないやもしれぬ。
新潟では遡ること一年余り、大正十一年二月三日に日本史上最悪の雪崩による鉄道事故――北陸線列車雪崩直撃事故が起きているのだ。
(Wikipediaより、東京日日新聞に掲載された事故現場写真)
この年の降雪量ときたら、如何な豪雪地帯のこの地方でも異常としか言い様のないほど莫大極まるものだった。
列車は毎日のように立ち往生して、その都度問題解消のために附近の村落から雪掻き人足が駆り集められ、寒風吹きすさぶなか汗みどろになってスコップを動かしたものである。
事故発生当日の二月三日も、やはり市振駅と親不知駅の間で雪崩が発生。不通になったこの鉄路を通行可能に復すべく、200名近くの人員が送り込まれた。
県知事、鉄道省、そして陸軍省は当初、夜を徹してでもこの除雪作業を完遂させる予定であった。が、前二日が立て続けに晴天だった影響だろうか、この日は明け方から気温が上がり、雪ではなく季節外れの雨となり、しかも夕刻以降はいよいよ以って雨脚が強まり、紛うことなき大雨と化した。
当然、作業が捗るはずもない。やむなく徹夜の予定は中止され、作業員たちは糸魚川行きの第65列車に乗り込み、ほっと一息つきながら、帰路をたどることとなる。
しかし多くの乗客にとって、第65列車は安らげる温かな家でなく、冥府にこそ直通していた。
(Wikipediaより、雪が降る前の現場付近の写真)
だいたい20時を過ぎていくばくかのあたりだろう。列車は深谷トンネルを抜け、勝山トンネル西口にさしかかったところで汽笛を鳴らした。
夜の闇を引き裂いて周囲に響いたその音に、あたかも呼応するかの如く、勝山の山腹で異変が発生。およそ1000坪――3.3平方キロメートル――に及ぶであろう範囲の雪がにわかに崩れ、100メートル超の位置エネルギーの導きのまま斜面を進み、無防備な列車を急襲したのだ。
その威力ときたら、破壊的と呼ぶ以外にない。
特に被害の大きかった3・4両目の車体など、床部分を残してそれより上の一切が粉砕されていたと云う。
雪は血と肉片で真っ赤に染まった。
この大惨事の実景を、巨細余さず目撃していた者がいる。列車が目指していた糸魚川に居を構える自然主義的文筆家、相馬御風その人である。
早稲田大学校歌、『都の西北』の作詞者たるこの人物が目の当たりにした遺体収容作業の凄まじさときたら、ほとんど地獄と変わらない。
死骸は牛馬の死体でも運ぶやうにいづれも貨物車の上に藁を敷いてその上に列べて
200名の乗員のうち、死者90名、負傷者40名。
それが最終的な被害報告とされている。
親不知の嶮は古より難所として知られた場所だが、一度にこれほどの被害が出たのは嘗てなかったに違いない。
相馬自身もこの事故で、幼友達を一人亡くした。
この惨禍の傷痕もまだ生々しい、翌十二年の九月一日に関東大震災が起きたのである。
北陸の人々の精神が天災に対して敏感になっていたとしても、少しも不自然ではないだろう。事実として新潟の某市役所では震災の報が伝わって間もなく、義援金募集の呼びかけも何もしていないのに身なりのよくない老婆が窓口にあらわれ、百円札を差し出して、
――地震で困っている人たちに、どうかお役立てて下せえ。
と訴える光景が展開されてる。係員が詳しく聞くと、この老婆は親不知の大雪崩で息子を亡くし、その際世間から寄せられた「慈悲」によって多少なりとも救われるところがあったらしい。
この百円はその「慈悲」の残りに他ならず、関東の天地に苦悶の声が満ちた今、今度は自分の番なりと思いこうして持ち寄ったものだという。
みんな燃えた
東京は
黒い、黒い原になった、
どんなにさびしい
ことだろ
夜になったら
なほさびしかろ
月が出たらば
なほ、なほさびしかろ
こうした歌の詠み手たる小学校の生徒達にも、或いはやはり大雪崩で肉親を喪った者が居たやも知れぬ。
ゆえにこそ共感力が最大限に高まって、斯様に結実したのだろう。
まこと日本は災害大国。ゆえにこそ培われてきた美しさとて、きっとある。
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