寒い。
外は篠つく雨である。氷雨と呼ぶに相応しい、冷たい冷たい雨である。
なんといっても、霞ヶ浦が凍ったほどだ。高浜沿岸、「幅一里・長さ二里」にかけての地域が分厚く凍結していると、一月二十一日の『読売新聞』紙に見える。その氷上に点々と、鴨の死骸が転がっていた、と。
死因は凍死のようだった。
──ありがたや。
近隣住民は狂喜した。
貴重なタンパク源である、天の恵みの鳥肉である。
目の色変えて走り出て、拾い集めも集めたり、その数実に五百羽以上。以って全村潤った、と、これまた『読売』からである。
(Wikipediaより、鴨鍋)
浜名湖にもまた、氷が張った。
最低気温は氷点下五度を下回り、測候所に言わせると、これは明治十九年以来、五十年ぶりの低温だったとのことだ。
湖に集う生き物が、ここでもやはり大量死した。
ただし鳥類にあらずして、コノシロ、クロダイ、エビ、コチ、ボラにイワシにと、──魚類こそが主であったが。
それを目当てに附近に住まう人々が目の色変えて出動したのも、判で押したが如くに同じ。一人で百匹、二百匹を捕まえて、市場に持ち込みひと稼ぎしてホクホク顔で帰った奴とて居たそうな。
およそ太平洋側の、海抜ゼロに等しい所ですらコレだ。
況や「冬の嵐」の本場たる日本海側に於いてをや。あちらときたらもう、もはや、鳥類魚類どころではない、人類が死ねる寒さであった。
特に鳥取県などは風速四十八メートルと台風並みの風が吹き、電柱という電柱は将棋倒しに倒されて、通信機関は全部途絶し、鉄道もむろん停止して、宛然一個の「陸の孤島」と化し去った。水道管は凍結し、蛇口を捻れど水は出ず、電燈無き夜の闇の深さに人々は恐れおののいた。おまけに倒れた電柱の高圧線にうっかり触れて即死する不幸な例も相次いで、──まあ要するに、ムチャクチャな騒ぎになったのである。
(『Ghostwire: Tokyo』より)
帝都で青年将校がクーデターを起こす前、日本列島は先んじて自然の驚異の来襲に晒されていたワケだった。
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