穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2021-06-01から1ヶ月間の記事一覧

毛生え薬とエリート官僚 ―倉知鉄吉、ドイツでの瑕疵―

「禿頭予防・最先端の毛生え治療」――。 斯くも胡乱な看板に、倉知鉄吉ともあろう男がまんまと引っかかったのは、若さと、そこがドイツだったからだろう。 (ライン河畔の眺め) 当時倉知は二十八歳。ドイツの日本公使館に二等書記官の身分で属し、キャリアを…

石川千代松、危機一髪 ―「ジラフ」を「キリン」と名付けた男―

慶応三年夏の夜、江戸の街に辻斬りが出た。 薬研堀の一角で、縁日帰りの親子連れを斬ろうとしたものである。 すれ違いざま刀の柄に手をかけて、胴を払おうとしたらしい。鞘走る音を、子供の耳は確かに聴いた。 (Wikipediaより、薬研堀) ここでらしい(・・…

国家の消長 ―かつて日本は広かった―

古書を味読していると思わぬ齟齬にぶちあたり、はてなと首を傾げることが偶にある。 最近ではオーストラリアの総面積を「日本のおよそ十一倍」と説明している本があり、ページをめくる指の動きを止められた。 ――いやいや、かの濠洲が、そんなに狭いわけがな…

猛獣小話 ―百獣の王の称号は―

豹は軽躁、獅子は泰然、虎は両者の中間あたり。 上野動物園の常連客、長與善郎が多年に亘る観察の末、ついに会得した智識であった。 古今を通じて動物園の花形たるを失わぬ猛獣三者。同じネコ科に属していながら、しかし性格の面に於いてはずいぶんな差異が…

小作争議の内幕 ―ストライキを美化するなかれ―

――何事でも、その内幕を知ってゐると、それに対する信用が半減される。 『知らねばならぬ 今日の重要知識』の序文にて、志賀哲郎はいみじくも言った。 蓋し至言といっていい。 例えばこの私にも、「小作争議」を弱者の必死の抵抗と、追い詰められ、虐め抜か…

支えと為すは

停滞からの脱出法は人それぞれだ。 なんべん書き直してみせたところで出来上がるのはつまらぬ文章、まるで実感の籠もらぬ表現。記事作製が遅々として進まぬ窮地に陥り、自己嫌悪が募ってくると、私はいっそ腰を上げ、モニタを離れて部屋の中をぐるぐる歩きま…

金さえあれば ―過去と未来を貫く悩み―

暗涙にむせばずにはいられなかった。 私の手元に、『知らねばならぬ 今日の重要知識』という本がある。 志賀哲郎なる人物が、昭和八年、世に著した、まあ平たく言えば百科事典だ。 法律・政治・外交・経済・国防・思想・社会運動。大別して以上七つの視点か…

畦畔道話

大正十二年十月七日、『東京朝日』の夕刊に、こんな記事が載せられた。 甲州御嶽の神官、発狂。刀を抜いて滅多矢鱈に振り回し、流血の惨事を具現せり。 その動機に関しては、べつに秘密の儀式に失敗し、よくないモノに取り憑かれたとか、そういう神秘的要素…

夢路紀行抄 ―粉々に―

夢を見た。 砕け散った夢である。 まず、私の身長が一気に15㎝以上も伸びて、196㎝になっていた。 後から思い合わせると、この数字の出どころはサントリーの缶チューハイに屡々プリントされている「-196℃」とみて相違ない。 常日頃、何に興味を惹かれている…

釣り銭小話 ―ボリビア国の紙幣事情―

五千円の買い物をして、一万円札で支払った。 釣りの五千円を貰わねばならない。 小学生でも即答可能な道理であろう。 ところが店員の態度は奇妙で、こちらの出した万札を二つ折りにし、 二度三度と折り目をなぞってばかりいる。 (こいつ、何のまじないだ)…

猫に魚を喰わせるな ―100年前のメキシコシティ―

メキシコシティを「巨大な長野」と形容した日本人が嘗て居た。 彼の名前は野田良治。 錚々たる経歴の持ち主である。 明治八年、丹波何鹿(いかるが)郡という、地元住民でもなくばまず読み解けない中丹地方の一角に於いて生を享け、長じてからは東京専門学校…

オカイコサマ物語り ―蚕を狙う病魔について―

日に日に気温が高くなる。 それに合わせて、湿度も上昇傾向だ。部屋の各所に置いてある湿気取りに水が溜まるスピードが、あからさまに増している。季節はしっかり回転しつつあるらしい。 この時分、厭なものは何といってもカビだろう。見た目も不快な黒カビ…

玉も黄金も ―歌の背景・乃木希典篇―

明治二十九年は、台湾総督府を取り巻く御用商人どもにとり、「冬の時代」の幕開けだった。 乃木希典がトップの椅子に座ったからだ。 その報が新聞を通して伝えられるや、彼の邸の門前に、たちどころに大名行列が形成された。 (Wikipediaより、台湾総督府) …

文豪ふたり ―静寂を貴ぶ男たち―

カーライルは神経過敏な男であった。 とりわけ「音」への感覚は一種特別なものがあり、その繊細さは時として、殻を剥かれたエビにすら擬えられたほどである。時計のチクタク音にキレ、遠くの犬の鳴き声に集中力を掻き乱されて、逆上のあまり二重壁の部屋をつ…

ラムネ漫談 ―できたて一本二銭なり―

ラムネはいったい何故に美味いか。 秘訣は瓶にこそ根ざす。 初っ端から栓を抜かれて、グラスに注がれ運ばれてくるラムネなんぞはまったく無価値だ。あれほど馬鹿げた飲み物はない。せめて空き瓶を傍らに置き、視界に収めながらでなくば――。 なかなか変態的な…