穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

玉も黄金も ―歌の背景・乃木希典篇―

 

 明治二十九年は、台湾総督府を取り巻く御用商人どもにとり、「冬の時代」の幕開けだった。


 乃木希典がトップの椅子に座ったからだ。


 その報が新聞を通して伝えられるや、彼の邸の門前に、たちどころに大名行列が形成された。

 

 

Government-general of Taiwan

 (Wikipediaより、台湾総督府

 


 つい昨日まで名前も顔も一向存ぜぬ、何のえにしもなかったはずの連中が、突如として乃木の人事を「栄転」として我がことのように喜び讃え、「御見舞」または「御祝い」の品を担ぎこんで来たのである。


 反物、菓子折、書画、骨董――素人目にも高価とわかる「捧げもの」の数々は、しかし畢竟、鯛を釣るための海老に過ぎない。


 もしも乃木の愛顧を得、総督府の利権にうまく喰いつけたのならば、引き出せる利福はいったいいくら・・・か。想像するだに気が遠くなる、圧倒的なきらびやかさであったろう。先祖伝来の茶碗だろうが掛け軸だろうが、什器蔵から引っ張り出して貢いで悔いはないわけだ。


 ここが先途と言わんばかりの商人たちの攻勢に、しかし乃木の鉄腸は、ほんの一寸も蕩けなかった。書生に馬丁に、家人という家人を総動員して、山積せる献上品を一つ残らず突っ返し、


「こんな物をお貰いする理由がない。今後も絶対にお断りする」


 曲解の余地なき冷厳たる物言いで、彼らの意図を横一文字に裁断してのけたのである。

 

 

Nogi visited Aizu

Wikipediaより、明治二十九年撮影、前列左から三番目に乃木希典) 

 


 同様の噺が、やはり陸軍の大立者、「独眼竜」山地元治の経歴にもある。鎮台司令官として大阪に移った当初というから、明治十五年あたりであろう。――「某御用商人が一ぴきの鯛をお祝いにといって持って来た」

 


 将軍は直ちにそれをつッかへした。
 件の御用商人は、かげにまわって、
「今度の司令長官はまことに気の小さい人だ。まさか鯛一尾ぐらゐで、賄賂にもなるまいに」
 と嘲笑した。それを洩れ聞いた将軍は、
「一尾の鯛が二尾となり、十尾が二十尾となり、更に黄金色の鯛と変り、はては白粉をつけた鯛とでも変られたら厄介だからなァ」
 といって、呵々大笑されたといふ。(昭和十四年『交渉応対座談術』154頁)

 


 そういえば山縣有朋も、個人的な贈り物は新米一俵さえ受領を拒み、容赦なく逆送して憚らなかった男であった。


 明治人、とりわけ陸軍軍人に共通した精神性だったのだろうか。この人々の用心深さは一種亀鑑とするに足る。

 

 

Yamaji Motoharu

 (Wikipediaより、山地元治)

 


 まあ、それは余談――。


 乃木希典は台湾に赴任した後も、持ち前の廉潔さを遺憾なく発揮。組織内の廓清に努め、奢侈や賄賂の風潮を断然廃そうと努力した。


 が、その結果としてこれまで居心地のいい腐敗熱の中ぬくぬくと、桃源の夢をむさぼっていた既存勢力から激しく憎まれ、種々の奸計を弄された挙句、翌々年の明治三十一年にはもう総督職を退かざるを得なくなっている。


 もっともこの躓きを経験した後であろうと、乃木の信念には些かのヒビも入っていないが。


 ヤケを起こし、善というものに幻滅し、開き直って俗物たらんと志すには、乃木の矜持は高すぎた。そうとも知らず彼の寓居を訪問したのは、とある企業の重役を名乗る山師然とした男。自信たっぷりに持ち掛けたのは、


「今度新たに興す会社の社長になって欲しい」


 そんな具合の相談だった。

 

 

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「いや、決して雑務に閣下のお手を煩わすことはないのです。お名前だけお貸しいただければ、もうそれだけで」


 報酬はお望み次第、また如何様の御申出オプションにも応じますと、羊羹の砂糖漬けみたような甘い文句で誘ったのである。


 これに対して、乃木の反応は簡素を極めた。


 客にひとしきり喋らせ終わると、おもむろに硯を引き寄せて、さらさらさらりと半紙に筆を滑らせる。それを客へと押しやったっきり、自分は奥へと退がってしまった。この間、ついに片言半句も発していない。


(はて)


 狐につままれたような顔をして半紙を取り上げた「重役」は、あっと眼を見開いた。墨痕淋漓と認められていたものは、

 

もののふは玉も黄金こがねも何かせむ
命にかへて名こそ惜しけれ


 これ以上なく鮮烈な、「男子の意気」そのものだったからである。

 

 

Nogi-Shrine-Tokyo-01

Wikipediaより、乃木神社拝殿) 

 


 乃木神社の歌碑をはじめに、この三十一文字は処々に刻まれ、今日でもなお霊光を放射し、感化を与え続けている。

 

 

 

 

 


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