脳髄の出来と品位の高下は必ずしも一致せぬ、いやいやむしろ、釣り合う方こそ珍しい。
禍乱の
なればこそ、脳髄の出来と品性と、それから身体能力までもが見事に一致した
「品性の伴はない才能は世に害をなす事が少なくないが、才能の伴はない品性は、よし大裨益をなす事がないにせよ、害を及ぼすことはないのである」
と。
「一利を興すは一害を除くに若かず」にも、何処か通ずる訓戒だった。
まあ、それはいい。
品性を伴わぬ才能が世間を毒した例として、格好の人物を以下に引く。
赤門の住人、東京帝国大学教授、横山又次郎である。
本邦古生物学界への、彼の貢献は計り知れない。
ナウマン博士の良き補佐役で、地質調査事業に纏わる基礎固めを全うし、また「恐竜」を筆頭に、古生物に関しての優れた和訳を数多遺した。かつて地球に跋扈した、それら巨獣の通俗的な紹介にも随分功を立てている。横山の働きなかりせば、怪獣王ゴジラとて
ところがだ。ひとたび視線を私生活へと移してみれば、こは如何に。腐敗と汚濁の沼である。
「牛込五軒町に住む帝国大学教授理学博士横山又次郎(44)は、大学時代より不品行此上なく、雇下婢を容れて妻となし子二人を生み、後余所の花に見替へて之を虐待せしかば、妻は嬰児を刺殺して自害せり」
明治三十六年十月、日刊紙たる『日本』に掲載された記事だった。
なんということであったろう。
てめえから手を出した分際で、子供まで産ませておきながら、飽きたら途端に顧みず、余所の女に現を抜かし、空閨孤独を強いられて物に狂った女房は、とうとう子供を巻き添えに心中にまで至ったと。
クズの所業としかいいようがない。どう見ても横山の所為だった。男としての責任感の欠如が招いた仕儀である。
(Wikipediaより、横山又次郎)
「若気の至り」で寛恕され得る領域を完全に逸脱した事態。普通の神経の持ち主ならばここで当然の反省が起き、後を追って縊死するか、最低でも女遊びはキッパリ絶って身を慎もうとするだろう。
が、横山は、そこがおかしい。
もっとやった。
記事は直後、
「洋行帰り以降は、ハイカラ一流の女色漁り、四谷の大谷木某の娘サダ子(32)を娶りて正妻としながら其病に罹りしを忌み、妻の妹リウ下女レンなどと通じ、終にサダ子を離縁せり」
もはや呆れる以外ない。
妻が病んだら夫はどうする、看病するだろ、常識的に考えて。
それを貴様、放置どころか、その妹に桃色遊戯を挑むとは、いったいどういう料簡だ? 本当に人間か、人間の皮を被っただけの畜生か? 脳髄の冴えと引き換えに、人間性を悪魔にくれてやったのか?
こんな奴には、
――妻妾並んで一屋に住まば、金殿玉楼も亦畜生小屋なり。
(慶應義塾普通部)
蓄積された歪みはやがて、当然の結末を惹起する。
横山自身が血を流す日がついに来た。明治三十六年九月二十九日に於ける黄昏時のことである。
その有り様を、再三『日本』に窺おう。
「サダ子は夫の家を出でて後下宿屋、或は他家に奉公し、只管謹みて覆水盆に回らんことを期望して居たりしが、博士は之を顧みざるのみならず、更に二妾を納れて之を寵し、あらゆる乱行底止する所を知らざるにぞ、流石のサダ子竟に忍びず、去二十九日の黄昏博士が大学よりの帰路を森川町の往来に要し、ナイフを飛ばして左肩部を傷けしが、博士がヘコタレ腰になりて鼠の如く逃げ去り、すぐ様警察署に駈け込み願を為せしため志を得ず、再昨日検事局送りとなれり」
ナイフ片手に帰路を待ち伏せ襲いかかりはしたものの、肩口を浅く裂いたのみ。
暗くて狙いがつけられなんだか、女に迷いがあったのか、それとも男の悪運が異様に強靭だったのか。
いずれにせよ、だ。――あわれサダ子は日本のジーン・ロレットになり損ねたようである。
(『Trek to Yomi』より)
ただまあ、しかし、この椿事により報道の目が横山博士の上に向き、二十年来の不行跡、爛れきった私生活が暴かれたというわけだから、あながち無為でもないだろう。
横山又次郎の心臓が脈動するのを止めたのは、これより更に四十年弱、昭和十七年まで待たねばならない。
憎まれっ子世に憚るとは、やはり真であるようだ。
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