穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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昭和五年のパレスチナ


 第一次世界大戦勃発以前、パレスチナの地に居住していたユダヤ人は、ものの六万


 そこからバルフォア宣言を経て、彼の地がユダヤの国であると認められ、十三年が経過した。


 すなわち一九三〇年。なんとはなしに区切りの良い数である。もうひとつ区切りのいいことに、当時パレスチナの人口は、およそ百万だったとか。うち八十万がアラビア人で、十六万がユダヤとなっていた。

 

 

(アーサー・バルフォア)

 


 十三年で、十万の増加。


 少ない。


 アラビア人からしてみれば、おそるべき侵食なのだろう。が、全世界に散在せるユダヤ人、総数ざっと千五百万との見積りから観測すれば、まったく取るにも足らないような、雀の涙も同然である。


 この統計が意味するところはなんだろう。


 明瞭である。国際社会が、せっかく彼らの故郷ふるさとを奪い返してやったのに。――シオニスト団体が躍起になって帰還事業に注力し、当時の日本の貨幣価値にて一億円にも上る予算を叩き込んでやったというにも拘らず。


 ほとんどのユダヤ人たちは、さまで「乗り気」といかなんだ。「笛吹けど踊らず」の典型である。およそ二千年ぶりになる、ユダヤの国の再出発は、順風満帆・意気揚々とはかけ離れたモノだったのだ。

 

 

(「イスラエル建国の父」、テオドール・ヘルツル)

 


「当たり前のことではないか」


 と、いっそ冷厳と呼びたい姿勢で、この景況を俯瞰していた日本人がひとり居る。


 それも場末の貧書生輩どころではない。押しも押されぬマスメディア、当時に於ける『東京日日新聞』顧問、稲原勝治その人である。

 

 彼はまず、ユダヤの国の復活を「失敗であった」と断定し、続けて曰く、

 


「それはユダヤ人の性癖を知らず、唯漫然として彼等に国土を与へさへすれば、明日からでもパレスチナは、押すな押すなの勢ひで、忽ちにしてユダヤ人によって填充されると考へたことが原因である」

 


 こんな具合に、旧連合国――講和会議の仕切り手どもの過誤の所以を説いている。


 では、文中に挿入された、ユダヤ人の性癖」とはいったい何か。稲原勝治の評論は、間髪入れずそこ・・へゆく。


 実にそれ・・こそ、世紀を跨いだ現代ですら何かと話題になりがちな、この民族の心理特徴の分析として頗る優秀なものであり、なんなら今日でも遺憾なく罷り通りかねないような、まさに哲理の一端だった。


 ちょっと長いが、以下に引く。

 


ユダヤ人は、誰もが知る如く、都会の住民であって、容易に比較的原始的な田園の労働に服する人種ではない。彼等はソンな廻り遠いことをせないで、直接金そのものを掴む方策を講ずる人種である。精々政治を動かし、或は政治と結託して、それによって金を掴むと云ふ位が、彼等の試むる比較的間接な金儲け法であって、三ヶ月も、乃至は半年も待たなければ、作物を金にすることの出来ないやうな迂遠な方法は、到底彼等の堪ふる所ではない。然して彼等の新しい国土として提供せられたパレスチナは、尚ほ未だ原始的なるに近く、その主要産業は、農業である。投機を遣る機会もなければ、高利の金を貸して儲けるチャンスもない。商売を遣って、大いに富むと云ふ希望もなく、精々農業人種たるアラビア人に、彼等の原始的欲望を満足させる程度の粗製的物品を売りつける位が関の山である。これではユダヤ人としては、帰って来ないのが本当である。

 

 

(1930年代、パレスチナ

 

 

 彼等は利を追うて走る現代の遊牧民である。彼等に祖国なきこと二千年。今さら祖国が急に出来上ったと云っても、問題はその祖国が、果たして彼等の住むに甲斐あるものなりや否やにある。単に祖国と称する一片の領土が出来たところで、それは彼等の宗教的、伝統的喝仰を満足せしむるには足るかもしれぬが、彼等の生活を安楽にし、彼等の種族的才能を有効に動員し得るの機会を、彼等に与へざる限り、彼等に取っては画ける餅の如きものである。
 それよりも世界を以て家と為し、世界の富を自己欲望の対照物と為し、所謂水銀の如く離れたるが如くして、実は聚中団結しつゝ、縦横に地球の表面を闊歩する方が、どれだけ彼等の性格に適して居るか分らぬ

 


 パリ講和会議の終わりに臨み、イギリス政府代表団の一人であったロバート・セシルは得意満面に微笑んで、


「後世史家は、国際連盟の組織と、パレスチナの復活とを以って、我々の成したる二大偉業とするだろう」


 と物語ったそうである。

 

 

Robert Cecil, 1st Viscount Cecil of Chelwood cph.3b29913

Wikipediaより、ロバート・セシル)

 


 歴史というのは本当に、思わぬ皮肉に満ちている。

 

 

 

 

 


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